免疫チェックポイント抗体治療で起こるがんの急性増悪

免疫チェックポイント抗体治療によって起こる急性増悪の話を2日連続で耳にしたので、少し情報を調べてみた。何らかの治療によって、がんが増大し、急激に全身状態が悪化するような例を「Hyperprogressive Disease」と呼んでいるようだが、「急性増悪」の定義が統一されていないので、どの程度の頻度で起こっているのかと言った数字を推測するには難しいところがある。

多くが2ケ月以内(あるいは治療開始後最初の画像検査時)に1.5倍以上に(2倍と定義していたものがあった)がんが大きくなり、全身状態が悪化するようなケースを「急性増悪」と呼んでいた。定義に幅があるので、その頻度も9-29%とかなり幅があったが、免疫チェックポイント抗体療法は抗がん剤療法よりも割合が多いというのが共通の認識のようである。

急性増悪症例では、がんを免疫攻撃から守る制御性T細胞(これも今ではいくつかに分類され、そのうちのあるタイプのもの)やマクロファージが増えていることが報告されているが、きっとがんは強かなので、マウスのモデルのように単純に説明はできないと思う。

昨年9月号のJAMA Oncology誌に発表された「Hyperprogressive Disease in Patients With Advanced Non–Small Cell Lung Cancer Treated With PD-1/PD-L1 Inhibitors or With Single-Agent Chemotherapy」によると406名の非小細胞がん患者の内、56名(13.8%)において急性増悪が認められたと報告されていた。

この急性増悪の定義が、「治療後の初回時の検査で、治療開始前よりも1.5倍以上に大きくなっていたこと」なので、このような増悪がすべて免疫チェックポイント抗体治療に関係すると判定するには少し無理があるように思う。

ただし、この論文での化学療法群での急性増悪率は5.1%であった。他の報告を読んでも、免疫チェックポイント抗体治療によって好ましくない変化が起こる患者さんのいることは否定できないように思う。

ノーベル賞の大先生は5年以内にがんは克服できると語っていたようだが、35年近くがんを研究してきた私は、がんはもっともっとしたたかであると思うし、この考えは甘すぎるだろう。少なくともHLA(白血球の型抗原)を作らなくしているがんなどはたくさんあり、これらのがんには免疫チェックポイント抗体が効かないのは自明の理だ。われわれのがんに対する知見は広がってきているが、まだ、大きなボックスの小さな穴から覗き込んで全貌を推測しているに過ぎないレベルだ。

特に、免疫系をマウスモデルで語るのは、免疫細胞の数が3桁も違うし、免疫系細胞に影響を与える諸条件も異なり、マウスと人の差は天文学的な差があるのだ。ネオアンチゲン療法など、患者さんごとに大きな違いがある免疫環境と千差万別のネオアンチゲンを組み合わせれば、億・兆・京などわれわれが知っている桁では語れないくらいの多様性がある。

薬剤には必ず副作用が伴う。それを克服するには、多くの患者さんに協力していただくしか方法はない。国ができないなら、民間で道筋を作るしかない。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年7月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。