南北の「平和経済」は北独裁崩壊後に

長谷川 良

韓国の文在寅大統領は2日、日本政府が輸出管理に関する優遇措置のホワイト国リストから韓国を排除する閣議決定をしたことを受け、大統領府で緊急会議を招集し、日本政府の決定を「不法な貿易制裁である」と批判する一方、「わが国は結束して日本の不法に立ち向かう。2度と日本には負けない」と強調した。その直後(5日)、「南北が協調して平和経済を確立すれば、わが国の経済は日本を凌ぐだろう」と豪語したという。

板門店で会談する金正恩委員長、文在寅大統領(2019年6月30日、韓国大統領府公式サイトから)

国難に直面する韓国の最高指導者としては立派な檄だが、人権弁護士出身の文大統領には口に出さないタブーがある。「南北が協調して平和経済を構築する」というが、南北間には大きな相違が横たわっている。北は故金日成主席、故金正日総書記、そして金正恩朝鮮労働党委員長と“3代世襲の独裁国家”だという事実だ。文大統領はその現実を無視し、南北の平和経済を実現しようと主張しているわけだ。

金正恩政権を温存しながら、南北の平和経済は確立できない。民主国家の韓国と独裁国家の北朝鮮がどのように協力できるのか。大多数の国民を弾圧し、反対する国民を政治犯収容所に送っている北政権と文政権は如何なる平和経済を構築するというのか。

それとも、文大統領が語った南北協力、平和経済は“ポスト金正恩”の話か。金正恩政権後の計画とすれば、文大統領の主張は間違っていないが、「金正恩のスポークスマン」と呼ばれ、北に傾斜する文政権が描く南北協力とは、ベトナム型南北の統合を意味するのではないか。共産党政権の北ベトナムが民主政権下の南ベトナムを併合したように、金正恩氏を国家元首とする南北再統一を構想しているのではないか、という憶測が払しょくできないのだ。

文大統領はこの憶測に対し可能な限り早急に日米同盟国に説明しなければ大変だ。文在寅政権がベトナム型南北統合を目標としていることが明らかになれば、米国の支援を受けた一部韓国軍のクーデターも排除できなくなる。

米韓両軍は現在軍事演習を実施中だ。それに抗議して北側は先月25日から31日、8月2日、そして8月6日と計4回、6発の短距離弾道ミサイルを発射させ、米韓に圧力をかけている。

ただし、金正恩氏とトランプ米大統領の間に「トランプ氏が再選されるまでは核実験と米本土に届く長距離弾道ミサイルを発射ない」という口約束ができていて、トランプ氏は短距離弾道ミサイルの発射を容認しているのかもしれない。ちなみに、ジョン・ボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官は米FOXTVとのインタビューの中で、北のミサイル発射について、「改良型短距離弾道ミサイルの完成を急いでいるのかもしれない」と受け取るだけで、追加制裁などは視野に入れていないことを明らかにしている。

トランプ氏が北のミサイル発射に強く抗議していないこともあって、文政権は北の軍事活動に対して静観する姿勢を維持している。というより、表面的には批判する声も聞かれるが、国連決議違反として追加制裁を要求するといった強硬な声は聞かれない。

短距離弾頭ミサイルは米国の安全の脅威にはならないが、韓国、そして日本の安全を脅かす。だが、文在寅政権は日本のホワイト国排除問題に専念し、北側の軍事活動に対して沈黙している。

文大統領は就任以来、南北融和政策を展開させてきた。平昌冬季五輪大会、南北首脳会談、米朝首脳会談と一連のサミット会談を実現させたが、トランプ米政権からは信頼されない一方、肝心の金正恩氏からは使い走りか広報官として扱われるだけで、南北協力といった雰囲気はない。その中で、文大統領は平和経済を通じて国民経済の繁栄を夢見ているわけだ。

誰も夢見る権利はある。中国の習近平国家主席にも「中国の夢」がある。習近平主席は2013年3月、全人代閉会式の演説の中で「中国の夢」として「中国型の社会主義路線を堅持し、5000年の民族の夢を実現させる」と述べている。同じように、金正恩氏も先軍政治と国民経済の復興という夢を追っている。3者の国家指導者の夢のうち、習近平氏と金正恩氏の夢には周到な計画と準備があり、それなりの説得力はあるが、文氏の夢は現実認識に決定的に欠けた妄想の域を超えていない。

文大統領が南北再統一を民族の夢として追及していくのならば、金正恩氏と人権問題をじっくりと話し合うべきだ。そして「独裁政治はいつか崩壊する」と堂々と主張すべきだ。それができないとすれば、文氏の夢は実現性の全くない妄想に終わるだけではなく、最悪の場合、南は北側に吸収されてしまう。日米両国はそのような悪夢が朝鮮半島で実現される前に文在寅氏の大統領任期が終わり、政界から退場することを願うだけだ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年8月8日の記事に一部加筆。