フェイクニュースで蔡政権を誹謗中傷…台湾人が恐れる「地下ラジオ」の実態

高橋 克己

8月7日の産経新聞「矢板明夫の中国点描」は、「浸透された地下ラジオ」と題した台湾の非合法ラジオ放送の昨今の事情を、さすが中国通の矢板記者を思わせる筆致で次のように描いている。

数年前から、中国からの“赤い資本”が大量に地下ラジオに入り、民進党政権を誹謗中傷するフェイクニュースが流れるようになった。その結果、台湾の世論に大きな影響を与え、古くからの民進党支持者が切り崩され、昨年11月に行われた統一地方選での民進党敗北の原因の一つになったという。

蔡英文総統(台湾総統府HPより:編集部)

同記者も「国民党による一党独裁時代が長く続いた台湾で、反体制勢力が地下ラジオを使って民主化要求を行った経緯がある」と書いている通り、国民党政権末期に勃興し始めた台湾の地下電台(地下ラジオ)は、政権批判番組が多くを占め、2000年5月の民進党による政権獲得の原動力の一つとなった。

それ故か民進党政権は地下ラジオの一部を合法化した。が、今度は放送を悪用した偽医薬品や高額商品の販売で老人を騙す詐欺行為が横行した。というのも、地下ラジオは主として台湾南部で使われる台湾語の放送なので、文盲が少なくないうえ目も悪くTVや新聞を見ない老人の数少ない娯楽だったからだ。

そこで2008年5月に政権復帰した国民党馬英九政権は、2010年2月から地下ラジオ取締りを始め、南部では一桁に激減した。それでなくとも地下ラジオの政権批判のせいで下野を余儀なくされた国民党、不法行為に使われるなんて許せないとばかりに禁止したのだが、これが再度批判の的となり2015年の蔡英文勝利の一因にもなった。

3.11震災被災地からの産物禁輸も然りだが、この辺りに筆者は噂や流言飛語に極めて惑わされ易い台湾人の国民性の危うさを見る。筆者は先月27日の投稿で、中国市場に巨大なシェアを持つ台湾の大手食品グループ旺旺集団の台湾メディア買収に触れたが、プロパガンダに長けた中国が、合法メディアのみならず非合法放送にまで浸透しているということだ。

ところで矢板記者は、台中で乗ったタクシー運転手の「蔡英文が再選されるようなことあれば廃業するしかない」との会話から記事を展開している。そこで、高雄の知人何人かにこの記事を読んでもらい、その感想を聞いてみると、地下ラジオのリスナー層の実態が以下のようであると知れた。

  • 高雄など南部の人たち(台湾語放送であるため。外省人の多い北部で台湾語は余り使われない)
  • 老人層(上述)
  • 職業運転手(地下ラジオを流しながらの運転)
  • 職人や肉体労働者(地下ラジオを流しながらの現場作業)
  • 農業従事者(地下ラジオを流しながらの野良仕事)

これらはかつて民進党の支持層だったはずだが、地下ラジオから垂れ流される「国民党の総統選候補、高雄市長の韓国瑜氏が3月に訪中した際に、台湾産果物を売る契約を交わしたのに、蔡政権が輸出を認めないため、果物はみな港で腐ってしまった」などというフェイクにまんまと騙されているようだ。

日本にも台湾にも情報弱者が少なからずいて、特定の情報源だけに偏よった結果、ものごとの正しい判断が出来なくなることが良く判る。ある意味で実に恐ろしい話だ。できるだけ多くの情報源に接することが求められる。

最後に、筆者が話をお聞きした高雄在住の知人6名(台湾人5名と日本人1名)の「浸透された地下ラジオ」に対する「生の声」を引いて、本稿の結びとしたい。

80代台湾人男性:元企業経営者のロータリアン(無党派だが、強いて言えば民進党支持)

フェイクニュースが多いので政府は取締りをやっておりました。ただし、その効果は知りません。

40代台湾人男性:僧侶(民進党支持)

台湾の地下ラジオが中国に浸透されていること⋯⋯実はね,最近仲間達の流行語は「亡國感」です。亡国の危機に瀕した⋯⋯という感じ。中国の浸透と高雄市長韓国瑜氏のことから。

50代台湾人女性:通訳(韓国瑜は嫌い。民進党の改革は公平)

本当に恐ろしい事です。特に年寄りや知識のない人は、フェイクニュースの確認が出来ないので、本当に恐ろしいです。でも、記事はタクシー運転手さんの声だけだった気がします。情報源の確認が出来る、インターネットなどが使える若い人達の声も聞いてほしいですね。

字の読めない年寄りも家で聞いていると思います。台湾にはまた文盲がいるのよ。特に地下ラジオは北京語ではなく、台湾語で放送しているので、年寄りが親近感を感じるでしょう。

40代台湾人女性:公務員(韓国瑜と民進党が嫌い)

地下ラジオだけではなく、合法のラジオも堂々と蔡政権を批判していますし、中国の旅客が来ないのが蔡総統が悪い、親中メディアが言い放題になっています。以前、中国の旅客を開放されていなかった時代、観光業もそれなりにやってこられましたが、現在の中国政府はそれを利用して蔡政権を叩き潰したい仕業にすぎない。台湾人をいろんなツールで洗脳、再洗脳。

30代台湾人女性:貿易業(経済政策がダメな民進党は嫌い)

高雄にもいくつかあると思う。仕事先の農協幹部に話を聞いたことがある。国民党時代、地下ラジオを使って年寄りに高額商品や偽の薬を売り付ける詐欺が起きたので政府が免許を取り消した。ラジオを楽しみにしていた人たちはそれで国民党が嫌いになった。

40代日本人男性:香港在住10年、高雄在住10年。日系製造業勤務(民進党支持)

蔡政権に不満があるのは、タクシーの運転手と観光業界と農家という判り易く言えば貧乏人。特にタクシー会社は高雄でも韓さん支持で統制されています。タクシー乗った時は注意が必要なくらいですから。

苦しい生活を余儀なくされている方々からすれば、暮らしに影響が出る政党へは入れないのは自然な成り行きかと思います。逆にサラリーマンレベルの庶民で言えば、完全にフェイクと見抜かれています。この記事はタクシー運転手からの話から書き起こしていますのでその時点で偏ってしまっていると僕は感じますね。

そしてタクシー運転手は、眷属(*同人は蒋介石と共に台湾に来た国民党軍の兵士を指している)の人が多いというのも中国贔屓に加勢していると思います。TVの討論では国民党滅多打ちされています(笑)。

韓さんが人気急騰したのは、普段選挙に行かない眷属層が動いた(当然大陸資金で)といわれています。彼らの多くは台湾で住む土地も働き口もなく、苦労された方が多いです。故に中国に対する期待が高い。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。