最大多数の最大幸福――政治家には人それぞれ様々な理念があるが、できる限り多くの人々を幸せにしたいという思いは共通であると思う。19世紀の哲学者、ジェレミー・ベンサムが提唱した上記の言葉は現在でも広く引用され、政治家共通の目標として語られることが多い。
目標は同じでも、そこに至るまでの優先順位や手法は異なるので、政治的立場の違いが生まれ、政治闘争が生じる。7月に行われた参院選で、公職選挙法と政党助成法上の政党要件を獲得した「NHKから国民を守る党」(N国)の立花孝志代表(52)が、比例当選した自身の影響力拡大に努めている。
共闘を呼びかけられた丸山穂高議員(35)は入党し、渡辺喜美議員(67)は新会派を結成した。党所属の地方議員28人と合わせ、中央と地方で日々存在感を高めている。
N国の政治目標はただ1つ、NHKをスクランブル化し、有料放送局として視聴者に選択権を与えるというものだ。これに対し、NHKは7月30日、公式サイトに「受信料と公共放送についてご理解いただくために」と題し、受信設備があるのに受信料を支払わないのは違法だと告知している。
NHKの受信料は月額1,310円、BS/CS付きなら月額2,280円であり、年間でもせいぜい3万円弱にしかならないので、受信料が無料になるよりも消費税の税率が下がった方が家計への負担は軽減される。最大多数の最大幸福が政治家の目標だとするならば、N国のワンイシュー(1つだけの政策課題)は、何とも矮小なものに見えてしまうのだが、その主張に今回、98万7,885票もの比例票が集まった。
投票した有権者はしかし、金額の多寡よりも「なぜテレビを購入しただけで、あまり見ない放送局に無条件で毎月金を払わなければならないのか」という不満があるのではないだろうか。そこに不合理を感じ、またNHK職員の平均給与の高さや贅沢な本社の建て替え、数々の不祥事などがあって、自らの幸福追求よりもNHKへの処罰感情が、N国の追い風になったのではないだろうか。
放送法で明記されているからといって、或いは公共放送だからといって、民放の番組を見るためにテレビを購入した人にとっては、無関係な放送局に毎月お金を払うことに意味を見出せない。不払いの人も増えていると聞くと、ますます支払いの動機が失われる。
小さな問題であり、国民の最大幸福には程遠いのかもしれないが、受信料の制度には、国民が同意できない欠陥があるように思えてならない。そんな感情が国民にあり続ける限り、N国の勢いは止まらないのかもしれない。
仮想敵を叩く具体的なネガティブクレームは、「皆さんを幸福にします」と訴える抽象的なポジティブプロポーザルよりも政治行動をアピールしやすい。自身を侮辱されたとしてTOKYO MXまで押し掛け職員と揉めるなど、炎上も厭わない立花氏の劇場型パフォーマンスは賛否を巻き込んでメディアを翻弄している。炎上すればするほど、自身の動画チャンネルに人が集まり世論を喚起できる。
悪名は無名に勝る法則を使った巧妙な仕掛けの巧さは、ポピュリズム時代の新たな政治家像ともいえる。
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上村 吉弘(うえむら よしひろ)フリーライター
1972年生まれ。読売新聞記者、国会議員公設秘書の経験を活かし、永田町の実態を伝えるとともに、政治への関心を高める活動を行っている。