終戦の日:改めて考えてみよう!

昨日、8月15日は昭和20年(1945)8月15日に第二次大戦が終結したことを記念する日「終戦記念日」でした。正確には敗戦の日です。また、昭和57年(1982)に閣議決定で「戦没者を追悼し平和を祈念する日」となりました。

さて、昨日の全国戦没者追悼式には、令和になって初めてということで、今上天皇がご出席になられました。
全国戦没者追悼式は、昭和38年(1963)から政府主催で行われています。改めて軍人・軍属約230万人、一般国民約80万人、海外で亡くなった約240万人の戦没者の皆々様に哀悼の意と、そして感謝の意をささげたいと思います。

8月6日には広島で、そして8月9日には長崎で原爆投下の日に合わせて式典が開催されました。全国の被爆者数は今年3月末で14万5844人ということで、前年同期から9015人減少し平均年齢は82.65歳と高齢化が進んでいます。

広島の平和記念式典を通して松井一実広島市長は、核兵器禁止条約について「唯一の戦争被爆国として、署名・批准を求める被爆者の思いをしっかりと受け止めてほしい」と核兵器廃絶に向けて、核兵器禁止条約への批准が呼びかけられました。

さらに安倍総理は「核兵器によってもたらされた広島と長崎の悲劇を決して繰り返してはなりません。唯一の戦争被爆国として、「核兵器のない世界」の実現に向けた努力をたゆまず続けること。これは、令和の時代においても、変わることのない我が国の使命です。新しい時代を平和で希望に満ち溢あふれた時代としなければなりません。
近年、世界的に安全保障環境は厳しさを増し、核軍縮をめぐっては各国の立場の隔たりが拡大しています。我が国は、「核兵器のない世界」の実現に向け、非核三原則を堅持しつつ、被爆の悲惨な実相への理解を促進してまいります。核兵器国と非核兵器国の橋渡しに努め、双方の協力を得ながら対話を粘り強く促し、国際社会の取組とりくみを主導していく決意です。
批准をしても、残念ながら現実には核兵器はなくならないし、また形だけの批准では意味もないと思います。
もとより日本は核兵器は持っていません。」と話しました。

現実の国際社会は何度もブログで取り上げているように、米中貿易戦争というより、米中覇権争いがますます激化しており、言い方を変えれば、広い意味で戦争に近づいているのが現状です。しかし、米中ともに戦争はしたくないわけです。何故ならば相手が何発も核兵器を持っているからであって、別の見方をすれば北朝鮮やイランがなぜ核兵器を持ちたいかといえばそれが最大の防御策になるとわかっているからです。

もちろん私は「各国が核保有することに理解を示している」とか「日本も核武装すべきだ」と言っている訳ではなく、あくまでも現実の国際社会の現状を述べたまでです。

日本自身はアメリカの傘に入っているわけで、「日本に外国が手を出したら、核保有しているアメリカがバックに控えているぞ」という防衛策です。しかしながら、アメリカは日本や世界に対する正義感ではなく、あくまでもアメリカに利益があるから日米安全保障条約があるわけです。

私の衆議院議員時代にアメリカ・ワシントンでアメリカ国務省高官に、私は「尖閣諸島で有事の際、日米安全保障条約で米軍が速やかに派兵するか」と聞いたことがあります。高官は「今は無人島ですよね」と言って言葉を濁したことが私は今でも忘れられません。
その後、オバマ政権になってヒラリークリントン国務長官が、そしてオバマ大統領自身も尖閣諸島は日米安保の対象であると明言しましたけれども、それよりはるか以前のことでした。「日米安保条約の対象」と言ってもらえて、ある意味ほっとしたところもありますが、しかし怖いとも感じます。

6年半以上独立国ではなく占領下に置かれ、サンフランシスコ講和条約によって主権国家にはなりましたが、今もって自立国家にはなっていない、そう感じます。


編集部より:この記事は、前横浜市長、元衆議院議員の中田宏氏の公式ブログ 2019年8月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。