日米の女性エコノミスト2人の優劣

中村 仁

米側は恐怖の夏を予言

日銀総裁に意欲を持っていたか、持っているとされる日本の大学教授(元日銀審議委員)と、ファイナンシャル・タイムズ(FT紙)著名コメンテーターが同じ日(14日)に、大きなコラムを2つの全国紙に掲載しました。いずれも女性ということもあって、日米2人の主張を比較してみる気になりました。

フォルハー氏(Fortune flickr)、白井氏(慶応大HP)=編集部

日本側は白井さゆり慶大教授で、「安倍政権の経済分野の改革を評価。年金財政は実態に即した検証を」(読売新聞)、米側はラナ・フォルハー氏で「データが示す恐怖の夏。世界景気に収縮の予兆」(日経新聞)という見出しのコラムです。白井氏はIMF(国際通貨基金)のエコノミストの経験があります。

米エコノミストのコラムに前後して、「NY株800ドル安、欧米景気懸念が市場を揺らす」という波乱(14日)が起きました。「今は嵐の前の静けさとでもいうべきか。世界的な景気下降局面はすでに始まっている。資産価格(株、債券、不動産)は紛れもなくこれを反映し始めている。株価は10年続く弱気相場に発展するとみる調査機関もある」と、フォルハー氏は不気味な指摘です。

「ダウの暴落が起きるかどうかでなく、なぜ暴落がまだ起きていないか」「マイナス利回りの債券は全世界に14兆㌦相当も存在している」、さらに「自分は資産の大半を現預金、短期の確定利付き資産と不動産に投資している」とまでおっしゃる。つまり株と債券はもう売却したよと。ここまではっきり書くエコノミストはめったにいません。

まだ続きます。「市場が持続不能であることを示す継続的なシグナルがかき消されている(株が下落すると、買いに回る売買プログラムによる)」「FRBの10年来の対策、つまり経済をおカネで溢れさせて市場を安心させてきた」。過剰マネーの中毒患者に麻薬を打ち続けているの意味でしょう。

実体経済より過大なマネー市場

「本物の成長が生み出されていない。市場と実体経済が収束がなければならない。今がその時だと、思っている」。カネをいくら供給しても、設備投資(実体経済)などに回らず、その一方で高値の株価(マネー市場)は維持されてきた。過剰なマネー供給で、実体経済と乖離したマネー市場が形成されている。それをもう止めようと。正しく、厳しい警告です。

日本の白井氏は何を言おうとしているのでしょうか。「安倍首相を総じて高く評価している」「大胆な金融緩和で超円高を是正し、企業収益の拡大に貢献」「財政面では、安定的に税収を確保するため、消費税引き上げを2回やり遂げようとしている」と、称賛に近い指摘が並んでいます。

異次元金融緩和はデフレ脱却のためだったはずです。日銀審議委員だった人が「金融緩和で円高を是正」なんて不用意に語ったら、トランプ大統領に「そうか日本もやはり円安誘導国か」と思われるでしょう。財政どうか。財政再建計画はどんどん先送りされ、先進国最悪の状態です。日銀が政府の発行する国債をどんどん買う(財政ファイナンス)ものですから、財政政策は節度を喪失したままです。

問題点に目を向けない白井氏

もっとも白井氏のコラムは社会保障制度の持続性に重点を置いていますし、日銀審議委員でしたので「異次元緩和には論じるべき多くの問題がある」と、いえないのかもしれない。それならまだしも、いずれ日銀などで要職を得たいという気持ちがまだあるのか、安倍政権に批判的な態度をとれないとしたら残念なことです。

世界中に溢れる過剰なマネーは、中央銀行や財政政策を通して、供給されます。日銀もその仲間です。白井氏にはこの問題をどう考えるかの説明が欲しかった。恐らく分かっているのに、あえて触れないようにしているのでしょう。

日経は社説(8月16日)で「世界の指導者は市場の警告に耳を傾けよ」と、指摘しました。「長短金利の逆転は、景気後退の前兆とされる。これ受け株価が急落した」「世界の金融市場動揺している。米中貿易戦争など政策当局者が自らまいている不安の種もある」。

「不安の種」は貿易戦争というより、バブル崩壊のたびに巨大なマネーを供給し、危機が収まっても金融市場を正常化(金融緩和からの撤退)を進められないことにある。米FRB(中央銀行)が10年ぶりに利上げ(0.25%)に踏み切ったものの、トランプ大統領はもっと大幅利下げを期待していた。そこで株急落の原因はパウエルFRB議長にあると、批判しました。受難続きの中央銀行です。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2019年8月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。