12日の産経新聞「環球異見」は「北ミサイル連射 韓国紙『米韓の放任が許した北の横暴』 ワシントン・ポスト『崩壊した近隣への脅威縮小論』」との少々長い見出しの記事を載せた。米韓首脳が北朝鮮を増長させたと東亜日報が批判し、米紙もトランプと金正恩との「個人的外交」の危うさを指摘したと書いてある。
北朝鮮が7月下旬以降、国連安保理決議に違反して5度も短距離弾道ミサイルを発射しているのに、トランプは「短距離なら脅威にならない」と問題にせず、日韓の対応も抑制的であることを批判する内容だ。韓国紙はNSCさえ開かない青瓦台に不満を募らせているし、日本ではまたぞろ「日本置き去り論」の再燃だ。
北朝鮮の相次ぐミサイル発射実験は、英独仏が即座に国連の制裁決議違反だと非難した通り、明らかに国連安全保障理事会の制裁決議に違反する暴挙だ。トランプが意に介そうが介すまいが、国連は制裁を強化すべきだし、日本も独自制裁を強めるべきなのは論を俟たない。慣れっこになることは許されない。
だが、筆者はこの北のミサイル連発に対する日米韓政府の対応の相違にはそれぞれ異なる思惑があり、詰まるところ調子に乗り過ぎて最後に痛い目を見るのは北朝鮮と従北文政権に違いない、と考えている。
思い出すべきは2年前の秋の状況だ。「鼻血作戦」や「斬首作戦」などと称し、米国がいつ北朝鮮の攻撃に踏み切っても不思議ではない状況が数か月間続いた。結局、米国が行動を起こさなかったのは、韓国在住の米軍と軍属およびその家族(おそらく3万~4万人程度か)の生命を惜しんだからだ。
米国がステルス爆撃機や巡航ミサイルなどで、如何にピンポイントで精度良く北の軍事拠点を叩いたとしても、第一波の攻撃で叩き残したミサイルや火器で北が反撃に出た場合、大邱の米陸軍基地はまだしも、去年6月に空軍のいる平沢基地にソウルから移転させた在韓米軍司令部はその射程に入ってしまう。
トランプ大統領は、先般イランが米国の無人偵察機を撃墜した際にイランへの反撃を既のところで思い止まった。その理由として、一にイラン首脳がそれを指示していなかったこと、二に米兵の戦死者が百数十名出ることが挙げられた。トランプは米国人の血が流れるのを見るのが嫌なのだ。
さて一方、韓国は日本による韓国のホワイト国外しに対抗してGSOMIAの破棄を仄めかした。この軍事情報包括保護協定の恩恵は韓国により多いことは筆者も8月1日「韓国が延長しないと言うなら、日本はどうぞと言えば良い」に書いた。それを韓国から進んで破棄するなんて「我が政権は北の傀儡」と公言するのと同義。そんな国との協定継続は日本にも米国にもむしろ有害だ。
かつての「韓国条項」の成立過程を顧みても、米軍の韓国駐留を最もこいねがったのは朴正煕大統領だった。が、時は流れて目下は算盤片手のトランプ政権と、北との統一で日本の経済力を凌駕するとまで豪語した文政権、いつ米韓同盟が瓦解して在韓米軍が韓国から撤退する事態となってもおかしくない状況だ。
その結果、米国人のいない朝鮮半島になったとしよう。それは取りも直さず、米国が北朝鮮の攻撃を躊躇う理由がなくなることを意味する。その裏返しで、安保条約の下に10万人からの米国人がいる日本に対する攻撃を米国は決して許すまい。筆者は「米朝首脳会談で日本が置き去りにならない理由」にそう書いた。
ではトランプはここ最近の北のミサイル発射をなぜ袖手傍観するのだろうか。その理由の一端は彼の10日のツイッターに書いてある。すなわち、「A nuclear free North Korea will lead to one of the most successful countries in the world! 核のない北朝鮮は世界で最も成功した国の一つになるだろう(拙訳)」。
昨年6月にシンガポールで行われた初の米朝首脳会談で、トランプ大統領と金正恩委員長が「新たな米朝関係の発展と、朝鮮半島と世界の平和、繁栄、安全のために協力すること」を共同声明で誓ってからこの方、トランプは首尾一貫してこのツイートのセリフを繰り返している。
冷静になって考えてみれば判ることだが、米国にしろ、国連にしろ、目指しているのは北朝鮮の核と弾道ミサイルの廃棄であって、金王朝の破壊や北の民主化などはそのための手段に過ぎない。その目的を血を流さず、金も掛けずに達成しようとすれば、それは金正恩が心を入れ替えるのを待つのが一番だ。但し、時間だけは掛かるが。
その意味でトランプは極めて忍耐強い。が、だからといって金正恩がトランプを舐めて掛かるのは大間違いだ。なぜかというに、2020年11月にはトランプが再選を目指す米国大統領選挙があるからだ。トランプと同じ共和党のブッシュ父は湾岸戦争を、ブッシュ・ジュニアは9.11のリベンジをそれぞれ利用して大統領選を有利に戦い、そして勝利した。
それぞれサダム・フセインとオサマ・ビン・ラディンを悪者にして米国民の戦意高揚を図りつつ、TVゲームさながらの劇場型戦争を敢行し、米兵はおろか敵が血を流す様子さえ国民に見せなかった。我慢強く包容力溢れるトランプ像を印象づけているのは、金正恩の残忍な人権侵害などいつでも煽り立てられる、と考えているからに相違ない。
ところが金正恩は調子に乗って韓国にしか届かない弾道ミサイル発射を連発し、従北の文在寅はGSOMIA破棄をちらつかせる。後者や在韓米軍駐留費の負担増拒否は在韓米軍撤退の引き金を引く可能性を確実に強める。そして朝鮮半島からの米国人消失は、同時に米国がそこを劇場型戦場にすることの躊躇いをも消失させる。
繰り返すが、寛容に見える目下のトランプの北朝鮮に対する姿勢は、須らく来年の大統領選挙に向けた戦略上のことと見るべきだ。ひと度トランプが再選に有利と判断すれば、米韓軍事同盟を廃棄して在韓米軍を引いた上で、北朝鮮を劇場型戦場にすることなど朝飯前であることを北朝鮮と従北文政権は知るべきだ。
トランプの「短距離なら脅威にならない」発言の真意は「韓国への脅威など米国と関係がない」だ。だのに目下の北朝鮮と韓国はトランプの米国を甘く見て、米国に口実を与えるようなことばかりしていることに気付いていない。万が一に備えて日本が今やるべきは半島からの難民対策だと筆者は思う。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。