今年4月17日から中央日報は「危機の韓日関係、連続診断」と題した記事を連載している。
韓日ビジョンフォーラムなる「韓日関係改善のための実質的かつ戦略的解決方法を探るために、元外交官および経済界・学界・言論界の専門家16人が結成した」グループが、4月から8月まで毎月2回、都合11回開催した討論会の発言集だ。
連載日は、1回目の4月17日から11回目の8月21日だが、奇妙なことに4月末頃の2回目と7月半ば以降の7~8回目の連載がない。7月といえば6月末のG20で文大統領と安倍総理との会談が見送られ、7月1日にはフッ化水素など3品目の韓国への包括輸出許可リスト除外が公表された時期だ。
だが、7月3日掲載の6回目では「日本経済産業省が発表した半導体部品の輸出規制など日本の強制徴用判決の対抗措置に関する討論が活発に行われ、甲論乙駁のやり取りとなった」と報じられている。よって連載が歯抜けになったことの詮索は措いて、その「連続診断6」の「甲論乙駁」ぶりから見てみよう。
先ずは甲論(以下、太字および(*補足)は筆者)
朴泰鎬ソウル大学名誉教授:日本側は与えていた恩恵をなくしたことは何の問題もないと主張するかもしれないが、必ずしもそうではない。制度に誤りがなくても特定国家だけが被害を受ける状況なら「非違反申立」が可能だ。韓国が正面対抗措置をする前に、今回の措置が国際規範に外れるということを日本側に周知させなければならない。
姜昌一議員(共に民主党):韓国政府も日本の対抗措置を考えながら5~6カ月準備してきた。韓国が成長し、かつてのように日本に従属した経済状況ではない。韓国だけが損をするのではなく、日本も損をすることになり、無茶はできないだろう。
イ・ジェミン・ソウル大学教授:日本は内容が精巧で事実上の輸出規制に次ぐ措置を出した。最近のさまざまな紛争の流れから見るとき、韓国が決心すればWTO紛争と攻防につながりかねない。日本もかなり負担を感じるだろう。
次いで乙駁
柳明桓元外交長官:日本が直ちに輸出を制約するというよりは、韓国政府が現金化に関連して何ら措置を取らないことに警告を発したものだといえる。韓国政府がいかなる代案も提示しない中で、実際に現金化が行われれば日本もアクションを起こすほかない。さらに手遅れになる前に具体的な代案を出して日本側と対話しなければならない。
李元徳国民大学教授:時限爆弾は現金化だ。(*韓国)政府が被害者側と協議をして現金化を停止させなければ状況は手の施しようがなくなる。
因みに柳明桓氏は4月の第1回目で、「今回は慰安婦合意の不履行、徴用判決など韓国が問題を起こした側面がある。解決方法を見いだす過程で念頭に置く必要がある」と述べ、李元徳教授も「慰安婦問題より強制徴用問題がさらに重要で急がれるが、現実的にボールは韓国側に渡っている」と述べている。
甲論は「日本は無理できまい」との楽観論だが、乙駁は「爆弾は韓国に渡っている」とのかなりの悲観論だ。が、果たして優遇除外に対する日本への対応は、柳明桓氏や李元徳教授の懸念にも拘らず、イ・ジェミン・ソウル教授や姜昌一議員ら強硬派の意見に沿ってことが進んでいるようだ。
姜昌一議員は、8月16日連載の10回目の会合に至っても次のように発言している。
世界の植民地の中で合法的に植民地になったところがどこにあるのか。右傾化した日本の政治家たちは韓国の強制占領を認めていない。今回司法部が日帝の植民地支配が違法強制占領だったことを明確に判決した。最近超党的訪日団が日本に行ったが、共産党を除き与野党が声を合わせて「65年の体制を維持しなければならない。個人に対する賠償と補償は韓国がしなければならない」と主張した。
青瓦台の文政権周辺はこうした考えで凝り固まっているのだろう。だが、この10回目の会合では、いわゆる徴用工判決問題に関してこうした考え方とは違う、筆者にも現実的と思える次のような解決策がいくつか提言された。
李根寛ソウル大学教授:司法自制の原理は司法部が外交事件を担うという意味ではない。外交が持つ複雑さとデリケートさなどを鑑みて外交担当部署の意見を聞き、(*司法が)決定しなければならないということだ。
朴チョル熙ソウル大教授:「司法自制」に例えれば、これまでの韓国政府の姿は「行政自制」と見られる。…司法部が決定を下しても行政部から別途意見を出すことができる。それでこそ我々の政府が守ってきた政策の連続性と調和を成すことができる。
李元徳国民大学教授:大統領が対日賠償権放棄を宣言する第3の方法もある。植民地支配が違法という基調を守りつつ日本に謝罪・反省を要求するが、一切の物質的賠償要求を放棄するものだ。代わりに被害者への物質的措置は韓国政府が行う。金泳三大統領が93年に慰安婦問題が台頭した際にこの解決策を提示した。当時ほとんどの国民が支持した。
これらの主張は5月末の4回目会合で、次のような「特別法」という具体的な意見が出されたことを受けてのものと思われる。
シン・ヒョンホ弁護士(大韓弁協人権委員長):特別法を作って裁判中の被害者に補償する案に進むべきではないかと思う。国家予算だけでなく鉄道・道路・港湾など植民地時代に日本が残した資産を使用中の公企業が資金を出して財源を確保することもできる。
鄭在貞教授ソウル市立大教授:日本国内でも戦争中の被害に対する補償問題が提起されたことが多い。東京大空襲による死者も10万人を超えるが、日本の最高裁判所は「受忍の原則」を適用して判決した。戦時にはすべての国民が苦痛を我慢したという歴史解釈の基準を用意したのだ。それで国内的な補償はないものとし、シベリアに抑留されて帰ってきた人のように例外的な事例に限り被害補償をした。我々も特別法に基づく補償を議論する必要があると考える。
大法院判決を尊重しつつも、国際法や「外交が持つ複雑さとデリケートさなどを鑑みて」、行政府が、「行政自制」をやめ「別途意見を出すことができる」とする意見であり、そして「特別法」を立法して政府が補償するという意見だ。
ようやく真っ当な意見が出され、それが報道されたと感じる。果たして青瓦台にこれらの意見が届いているかどうかだが、8月初めの9回目会合で魏聖洛元駐ロシア大使は次のように述べた。
8・15光復節が迫っている。我々が強く反応すれば、状況はさらに悪化するのが明らかだ。大統領が光復節(解放記念日)の演説で水位を下げれば少し変化するきっかけになるのではと思う。
筆者はまるで評価しないが、16日の中央日報が「日本メディアは文在寅大統領の15日の光復節演説について『日本との対話と協力の要求に傍点を打った』と評価した」と、日経や読売の記事を報じているので、魏聖洛元大使の意見は青瓦台に酌まれて、功を奏したようだ。
だとすれば、青瓦台はシン弁護士や鄭教授の「特別法」の提言も検討しているに違いない。が、折角の「元外交官および経済界・学界・言論界の専門家16人」の卓見も、ここ半年の青瓦台の言動を見る限りどうやら「良いとこ取り」されているだけのようだ。実に嘆かわしい。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。