再来年のNHK大河ドラマに「松方正義」を推す理由

有地 浩

来年(2020年)のNHKの大河ドラマは明智光秀を主人公とした「麒麟が来る」で決まっているが、再来年のテーマは何になるか現時点ではまだ発表がない。例年であれば4月頃には発表になっているはずなのだが、何か事情があるのかもしれない。今年の大河ドラマの「いだてん」は明治から昭和にかけての物語で、来年が戦国時代なので、再来年はまた幕末から明治にかけての物語となるのだろうか。

もし明治以降の時代の物語を取り上げるのであれば、私としては是非とも松方正義を取り上げてほしい。鹿児島出身の西郷隆盛を昨年取り上げた後に、また鹿児島出身の松方正義かという意見もあるだろう。それに松方は人柄に派手さがなく、正直一辺倒で、総理大臣を務めたことはあるものの、明治の元勲の中では財政金融の実務家として位置づけされる傾向が強く、大河ドラマには不向きな人物かもしれない。

松方正義(Wikipediaより:編集部)

しかしそれでも私が松方を推すのは、彼が我が国の中央銀行(日本銀行)を作った男だからだ。

今ほど中央銀行制度が危機に瀕しているときはない。リーマンショック後、主要国の中央銀行が超金融緩和政策を取り続けても期待された景気浮揚効果が見られない中で、中央銀行による金融政策の限界が論じられている。またその一方でアメリカのトランプ大統領のように、中央銀行の独立性を無視してFRBの政策に露骨に介入しようとする政治家も現れてきている。さらにはMMT理論のように、中央銀行の独立性を否定して、中央銀行は政府の財政資金バラマキのためのツールとしての地位しか与えない議論が支持を広めようとしている。

こういう時だからこそ、今歴史を振り返って、中央銀行がなぜ必要になったか、冷静に考える必要があると思うのだ。

松方正義は近代日本の財政金融の基礎を作った大功労者だ。松方は脆弱だった初期の明治政府の財政基盤を地租改正によって強固なものとした。一国の財政への信頼は、古今東西を問わず、徴税がしっかりできるかどうかにかかっているが、松方はそれをやってのけたのだ。

そして松方の真価が発揮されたのは1877年の西南戦争の後、不換紙幣の乱発によって高率のインフレが発生して貿易収支の赤字拡大、財政のひっ迫、経済の混乱が生じた際の毅然とした対応だった。

当時明治政府の中では積極財政派が主流を占めて、殖産興業・富国強兵を進めようとしていた。中でも大蔵卿(大蔵大臣)の大隈重信は、外国から資金を借り入れて経済発展を促す一方、外国からの資金を基に銀貨を広く流通させて不換紙幣(政府紙幣)に代替すればインフレは収まると主張していた。

これに対して大蔵大輔(大蔵次官)だった松方は、外国からの借り入れは日本が外国の金融植民地になる恐れがあると考える一方、インフレは不換紙幣の乱発が原因だから、これを抑え込むためには、財政の黒字を使って不換紙幣を回収する必要があると思っていたが、大隈が権力の座にいた間は、松方はなかなか自論を政府内で広めることが出来なかった。

幸い明治14年の政変(1881年)で大隈が失脚したため松方は大蔵卿になり、大増税と歳出カットを断行し、それによって生じた財政黒字で不換紙幣を回収した結果、数年たたずしてインフレを収束させることに成功した。さらに松方は蓄えた財政黒字をもとに、1882年に政府から独立した中央銀行として日本銀行を設立して兌換銀行券の発行を開始し、近代日本経済の発展を支えた通貨・金融制度の基礎を作ったのだ。

なお、このように近代日本の発展に大きな貢献をした松方だが、運に助けられたことも否定できない事実だ。それは大隈大蔵卿がタイミングよく失脚しただけではない。彼が大緊縮政策を取った時代は、まだ明治憲法が成立する前で議会がなかったので、政権の支持率などを心配する必要が全くなく、デフレ政策を迅速かつ効果的に取ることが出来たことも大きい。今日の民主主義国家ではとても簡単に国民のコンセンサスを得ることはできない。

MMT理論を信奉する人たちは、政府は財政赤字を気にすることなく、思いのままに財政支出をすればよいのであって、その結果インフレが発生し始めたら、その時点で財政赤字をストップするようなルールを作っておけばよいという。しかし多くの識者が指摘するように、民主主義による議会政治の下で機動的な歳出削減や増税策を取ることはほとんど不可能なことだ。

たとえ共産党一党独裁の中国であっても、インフレ高進時に大胆な緊縮政策を取れるかと言えば、景気が悪くなると失業が増えて国民の反発が大きくなり共産党支配崩壊の恐れがあるので、松方がとったような緊縮財政政策は取れないだろう。

やはりそこは節度を持った財政運営を行うとともに、中央銀行が機動的に金融調節を行ってインフレに対処する体制を維持することが必要だ。

温故知新。歴史に学ぶべきことは多い。NHKの大河ドラマで松方正義の奮闘ぶりを報じてほしいものだ。

有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト