「韓国を打ち懲らしめよ」と叫ぶ前に:今こそ歴史に学ぶとき

田村 和広

8月23日の読売新聞「韓国側、破棄の理由は『優遇国除外で環境変化』」によれば

韓国大統領府は22日、国家安全保障会議(NSC)の常任委員会を開き、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を決めた。24日の更新期限までに、外交ルートを通じ、日本側に通知するという

とのことであるが、プロパガンダ戦の一事象であるので、筆者にはその深い意味は理解できない。

22日、GSOMIA破棄を記者会見で明らかにした金有根国家安保室第1次長(KBSニュースより:編集部)

報道が事実であれば、日本の安全保障環境が激変中であることを示す表面的な出来事の一つであろう。

因果関係の整理

「韓国がGSOMIAを破棄した(=原因)ので、安全保障の環境が変化する(=結果)」のではない。それでは因果関係が逆である。

「米中関係とその前線としての朝鮮半島情勢が変化して安全保障の環境は激変し(=原因)、それを表す事象としてGSOMIAの延長がなされない(=結果)」というのが本当のところであろう。

事情を知らない識者や野党議員らの感情・願望・無知由来のコメントがメディアで大量に流されているようだ。それらを吸収した国民感情の向かう先が怪しくなってきた。

歴史の確認 ①「膺懲」という言葉

1937年の通州事件直後より、「暴支膺懲(ぼうしようちょう)」というスローガンが頻繁に使われ出したようである。その意味は、「悪いCHINA(支那)を打ち懲らしめよ」である。

1900年代に入って以来、中国では「日貨排斥」運動が盛んになり日中間の感情的対立は徐々に激しくなった。特に1930年のロンドン海軍軍縮条約以降、数々の事件に対し弱気かつ無策と見られていた政府に対し国民の不満は高まっていた。

残虐で猟奇的な通州事件をきっかとして、メディア・政治家を中心に日本中でこのスローガンが掲げられた。このような時代背景のために、軍事的な行動は一定程度の支持を得て、国内外の緊張状態はエスカレートしていったと考えられる。

今の現象と重なって見えるのは筆者だけであろうか。

歴史の確認 ② 真珠湾

1898年、ハワイは米国によって強引に併合された。砂糖他農産物の産地としてのみならず、太平洋における経済軍事の両面での絶妙なロケーションに気が付いた米国は、フィリピン獲得とともに“どさくさに紛れて”自国に併合した。

その後すぐに軍事要塞化が始まり、1920年代には強固な要塞も完成していた。1940年頃の日本は、ハワイに進出した米国太平洋艦隊とシンガポールの英国東洋艦隊とに挟まれ、帝国海軍聯合艦隊の行動も厳しい掣肘を受けていた。(両艦隊の存在により、オランダ領インドネシアの資源を奪いに行くことも出来なかった。)

極めて複雑な事情の描写は諦めるが、このハワイに太平洋艦隊が配置されていたから、日本はハワイを奇襲した。もし太平洋艦隊が米国本土西海岸にいたのであれば、物流の課題がクリアできるという仮定の上だが、米国本土を攻撃したであろう。

最前線に圧をかける軍事拠点としての朝鮮半島

1941年のハワイ(オアフ島真珠湾他軍事施設)は、米国本土から見れば、日米の中間にあって帝国海軍第一航空艦隊の強大な攻撃を吸収してくれた。非情な表現をすれば「緩衝材」として機能し、第一撃では米本土民間人らへの被害はなかった。

同様に、現代の朝鮮半島南部は、日本から見れば、日中(日朝)間にあって中朝のミサイル等、深刻な破壊力を発揮する第一撃の大きな部分を吸引するエリアである。

緩衝地帯としての「38度線」以南が消滅するとき

仮に「“38度線”が対馬に降りてくる」という状況に至れば、その恐ろしさは言葉にできない。従来であればソウルと在韓米軍に降り注いだであろう第一撃の破壊力が、日本に降り注がれることになるリスクの大きさは、筆者には見当もつかない。

更に、戦わずして韓国の軍事力を手に入れた中国と北朝鮮は、当然これも対日米戦力として銃口をこちらに向けてくる。これに対処するには、今の国防予算は過少である。そうなれば、発電所をはじめとする無防備な日本の施設と国民は、剥き出し状態で敵性地域に晒されるのである。

最大の脅威は中国

日本人は正視しないが、中国の軍事的脅威は年々高まり、核戦力も通常戦力もかつてない強大な力となっている。筆者は維持費の観点から将来のどこかでは軍事的膨張にも歯止めがかかると思っているが、その頃には自衛隊の対処能力は大きく超え、日本の安全保障環境は今以上に米軍次第となるのではないか。

今は静かに対処するとき

確かに非常に不快で厄介な国であるが、ロケーション面から考察すれば、軍事境界線を背負ってくれるその存在は有り難いのである。また、被害の未然防止という観点からも、対中国・朝鮮向けにレーダーその他を配置できることは大いに意義があろう。但し、これらの点は軍事の専門家の見解を待ちたい。

文在寅大統領Facebookより:編集部

昔「戦艦数が国力を表す指標」だったように、イージス艦をはじめとするミサイル防衛システムには確かに「政治的な意味での象徴」の面があると考えるべきであり、“イージス(神の楯)”ではないだろう。

それならば尚一層、朝日新聞的な表面的で無責任な論調に踊ることなく、国防の制度・予算・設備を、今は黙って整えるべき時期である。

マスメディアに踊らされ「韓国膺懲」的な事象で国民が快哉を叫べば、思慮の少ない政治家がそれを国政に反映させかねない。

本来、「歴史に学べ」とは誰かを非難するための道具ではなく、静かに自省し将来の愚行を避けるための言葉であろう。今こそ我々は、歴史に学ぶときではないか。

田村 和広 算数数学の個別指導塾「アルファ算数教室」主宰
1968年生まれ。1992年東京大学卒。証券会社勤務の後、上場企業広報部長、CFOを経て独立。