韓国・文在寅政権が、日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄を決めたことで、北朝鮮との「赤化統一」路線に進むのではないかとの懸念が現実味を増している。
北朝鮮は、GSOMIA破棄を歓迎しているはずなのに、けさ早く短距離弾道ミサイルを発射したが、松川るい参議院議員が昨日の論考で分析したように、「南北融和は行き過ぎると諸刃の剣」であり、できる限り体制を護持したいのが本音であると推察すれば、短距離ミサイルの発射は、統一に向けた、ある種の主導権争いの一里塚と解釈できるかもしれない。
元自衛隊情報幹部の鈴木衛士氏が以前予測したように、「GSOMIA破棄なら文大統領は失脚」とみる向きはあるものの、文大統領の任期は2022年5月まで、まだ3年弱ある。一線を超えた文大統領が自らの生き残りもかけて、反日と北朝鮮との融和をさらに進めていくことへの危惧は増すばかりだ。
そうした中で、北への傾斜を強める文政権に対し、韓国軍がクーデターをする説が出始めている。夕刊フジは、アゴラでもおなじみ元韓国国防省分析官、高永喆氏に取材を行い、
「現役の将官らは100%近くが、『まさか』と失望しているはずだ。軍人は敵(=北朝鮮)と戦い、勝利するのを目的にしているが、『このまま北朝鮮に韓国が飲み込まれるくらいならば』と、正義感の強い一部の軍人たちが、政権の指導者に政変(クーデター)を仕掛ける公算がより大きくなった」
とする見方を報じた。さらに、著名な軍事アナリストの小川和久氏も、GSOMIA破棄の翌23日夜、Facebookの公開投稿において「GSOMIA破棄、韓国軍部は動きを見せるか」と問いかけた。これに一般の人から「クーデターとかは、あり得る問題でしょうかね」と尋ねられたのに対し、小川氏は
文在寅が北朝鮮を利していると思ったら、起こりうることだと考えておいたほうがよいでしょう。日本の物差しでは判断できない国ですから。
とコメントしている。筆者は小川氏のメルマガを購読しているので、そう判断する根拠について今後の配信で詳細が読めるのではないかと期待しているが、朝鮮半島の軍事・安全保障を知り尽くすお2人がクーデターの可能性がそれなりに強まったというからには、あらためてGSOMIA破棄という事態が、日韓関係だけでなく韓国の政情をも違うステージに引き上げてしまったのだと痛感した。
とはいえ、筆者は、いまの韓国でクーデターが起きるかといえば、ハードルはまだ大きいようにも思う。
もちろん、韓国問題や軍事安全保障の専門ではない筆者が、スペシャリストの警鐘に対して真っ向から異論を挟むつもりはないし、一つのシナリオとして日本も備えは当然しっかりしておくべきとは思うが、一方で、もう少し見極めたい気もしている。夕刊フジあたりだと実態より大げさな見出しで、面白おかしく騒いでいる感もある(笑)。
一部メディアやネットでしばしば韓国のクーデター説が出るのは、いうまでもなく度々起きてきた歴史的事実があるからだろう。朴正煕らが1961年に蜂起してのちに政権を奪取した「5.16軍事クーデター」、1979年の朴大統領暗殺とその直後に起きた「粛軍クーデター」が代表的だ。
これらは時の政権が異様に左傾化したことや、政権と軍部の権力闘争が引き金になっているが、その当時といまの韓国を比べると、民主化がそれなりに進んだことと、社会の安定をもたらす経済力が大きく異なる。特に5.16クーデターが勃発した60年代は、南北の経済力はさほど変わらず、むしろ70年代はじめは北のほうがGDPで上回っていたとされる。
今年は、のちに大統領になる全斗煥、盧泰愚らの軍人が蜂起した粛軍クーデターからちょうど40年が経つが、いまや韓国のGDPは2兆138億ドルと世界11位。北朝鮮のGDP(韓国中銀の推計値)は180億ドル程度とされるから(参照:産経新聞)、両国の格差はあらためて言うまでもない。世界的に見ても、軍事クーデターが起きるような国は経済情勢が非常に不安定な場合が多いことを考えても、韓国で度々軍人たちが蜂起していた時代の世情と違うのは、データを見ても明らかだ。
もうひとつ、仮に軍部内に、文在寅政権に叛意をもつ幹部たちが謀議したとしても、クーデターをやって国際的な支持が得られるかの算段がつかなければ決起をするのはただの無謀だ。冷戦時代なら、開発独裁の途上国にアメリカがCIAを使うなどして関与してきたが、いまや韓国はG20にも参加する政治的・経済的プレゼンスを有している。ロシアや中国ならいざ知らず、さすがのトランプ政権も、そんな「時代錯誤」のクーデター支援を露骨にやるとは考えにくい。
むしろ、心配なのは、政権の左傾化が著しい中、北朝鮮の謀略の手が及んでいる可能性のほうだ。
韓国通の宇山卓栄氏も以前アゴラで指摘しているが、自衛隊機へのレーダー照射という不測の事態は、韓国軍内部への北の工作が浸透しているという見方すら出ている。振り返れば、2008年には北朝鮮の女スパイが軍幹部を次々とハニートラップで籠絡して軍の情報が北側に漏れるという事件もあった(元正花事件)。
韓国軍の防諜体制は伝統的にお世辞にも強いとはいえない。元正花事件の頃よりは改善されたにしても、レーダー照射事件のような事態が起きると疑心暗鬼にならざるを得ない。文在寅政権下で、北の工作が軍幹部に再び浸透しているとしたら、クーデターを起こす前に骨抜きにされはしまいか。
今後を占うポイントとして筆者が注目しているのは、韓国で北朝鮮賛美やスパイ活動などを取り締まる「国家保安法」が見直されるかどうかだ。言論の自由への脅威として韓国国内の左派から、しばしば非難の対象となっているが、その左派が政権についた盧武鉉時代には、同法の撤廃をめざして頓挫したこともある。また、昨年秋には、与党「共に民主党」のイ・ヘチャン代表が見直し発言をして物議を醸した。
国家保安法は、民主国家の法規制として問題点もあるが、韓国と北朝鮮が国際法的にはまだ戦争状態(休戦)であることを考えると、終戦もしないで同法撤廃となれば、ますます北から政府要人、軍部への工作浸透が危惧される。個人的には、クーデターを心配する前に、GSOMIA撤廃の次は、国家保安法の成り行きに注目している。
新田 哲史 アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長
読売新聞記者、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政党、政治家の広報PRプロジェクトに参画。2015年秋、アゴラ編集長に就任。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。Twitter「@TetsuNitta」