八幡和郎さんの『最強の日本史』(扶桑社新書)と『「日本国紀」は世紀の名著かトンデモ本か』(ぱるす出版)、百田尚樹さんの『日本国紀』(幻冬舎)を読んで私なりの書評を書いてきたが、今回は「歴史のもし」というエピソードで締めくくりたい。
3冊を読んでおもしろいのは、2人とも豊臣秀吉の朝鮮出兵を肯定的に捉え、鎖国がなければ日本が世界の主役になっていたかもしれないという見方で共通していることだ。
『最強の日本史』は鎖国について以下のように述べる。
(徳川家康の)後継者たちは鎖国という愚劣な行いをして…秀吉が世界最先進国のひとつにした日本を300年間もじり貧状態にしました。…鎖国をしたから植民地化されず、自給自足だったからこそ産業も発展したという鎖国肯定説はとんでもない妄説です。…鎖国のために新しい技術の吸収ができず、国際市場で通用する新商品の開発もできず、世界に後れをとり、国民は貧しさと身分の固定を押しつけられました。…鎖国などしなければ、明治を待たずに日本は世界の主要国家になれただろうし…アジアの世紀が400年前に実現した可能性が高かったと考えるべきです。
『日本国紀』ではこうだ。
起こり得なかったことを論ずるのは歴史の本ではタブーとされているが、もし日本が鎖国政策を取らなかったらと考えてみるのは、非常に面白い。…江戸幕府が日本人の海外進出を認めるか、あるいは積極的に勧めていたなら、どうなっていたか。当時、世界有数の鉄砲保有国であった日本の兵力をもってすれば、東南アジアを支配下におさめていたと思われる。…もしかしたら、大東亜文化圏のようなものが生まれ、膨張するヨーロッパ諸国に対抗しえたかもしれない。
歴史では「もし、〇〇が△△だったら」という出来事がよく語られる。大抵は大袈裟なことが多い。クレオパトラの鼻が1cm低くても世界の歴史は変わらなかったと思う。
一方、鎖国は確かにこれがなかったら、日本やアジアの歴史は大きく変わっていたという見方には賛成である。ただ、安土桃山から江戸初期にかけて、徐々に世の中が鎖国に傾いていく流れには抗しきれなかったのではないか。
実は歴史を少し遡れば、鎖国がなかったかもしれない「もし」という瞬間があった。
徳川家康がまだ竹千代と呼ばれた幼少の頃。
1547年、今川義元の元に人質に送られるはずだった竹千代は、田原城主・戸田康光の謀略によって、海路、あろうことか敵である織田信秀(信長の父)のもとに売り飛ばされてしまう。
信秀は竹千代の父・松平広忠に、織田につかなければ竹千代を殺すと脅しの手紙を送るが、広忠は信秀の申し出を蹴り、今川への忠誠を貫いた。
ここで信秀が竹千代を殺さなかった理由はわからない。静岡市の「家康公を学ぶ」サイトでは、広忠の今川への忠誠に信秀が感嘆したためだと説明しているが(出典:三河物語)、私が小学生の頃は、信秀は怒って竹千代を殺そうとしたものの、子供1人を殺しても意味がないと考え直したと習ったような覚えがある。
信秀は竹千代を殺さず、織田の菩提寺・万松寺に閉じ込めた。竹千代は生き延び、織田の監視下での人質生活が始まった。
(竹千代が信秀の人質になった経緯について、近年新しい説が出ている。広忠は信秀に降伏し、最初から竹千代を人質に差し出したというものだ。いずれにしても、後に広忠は岡崎に攻め込んだ今川に服従するから、竹千代は織田の人質だった2年間、命の保証はなかったことに変わりはない)
私はこの出来事は日本史上最大の「もし」の瞬間だったと思う。
もし、信秀が竹千代を殺していたら…。
家康がいなければ、信長は安心して京に攻め上ることができなかった。もちろん、歴史の必然はあり、信長的・秀吉的・家康的な人物は現れたかもしれないが、天下統一は50年は遅れたのではないか。
誰が最初に京都に入っただろうか。今川、武田、上杉、毛利…それとも島津や長曽我部が神話時代のように九州や四国から攻め上っただろうか。
家康の子孫は全員存在しない。水戸黄門もいない。
天下統一が遅れるということは、鎖国のような統一的な政策もおそらく行われなかった。キリスト教や南蛮貿易ははるかに浸透して、禁教・鎖国しようと思ってももう無理だっただろう。日本は韓国のようにキリスト教徒の多い国になっていたかもしれない。
まさに竹千代を殺さないという信秀の判断が、日本を鎖国に導いたと言える。
もちろん私は岡崎出身だし、家康が存在しないほうがよかったなどとは思っていない。
信長・秀吉・家康という戦国の三傑のなかで、家康は一番地味だ。信長や秀吉のような派手な人生が物語としておもしろいことは確かだが、家康の「人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し。いそぐべからず」という人生訓は、政治でもビジネスでも学問でも芸術・スポーツでも、昔も今も通ずるところがある。
やっぱり竹千代が生き延びてよかった。
—
浦野 文孝
千葉市在住。歴史や政治に関心のある一般市民。
(参考文献)