埼玉県知事選は25日、投開票が行われ、国民民主党の前参議院議員で、既成野党4党が支援する大野元裕氏が、元プロ野球選手のスポーツライターで、自民・公明が推薦した青島健太氏との事実上の一騎打ちを制した。
参院選で党勢が伸び悩み、立民、国民の統一会派結成も世間でほとんど見向きもされなかった既成野党にとっては、ひさびさの「明るい」結果となり、衆院選に向けた攻勢を強めたいところだが、「安倍政権への国民的批判がピークに達した」「野党に次の政権を任せてみたい」などと、国民が思い始めたと「勘違い」をするのであれば、釘を刺しておきたい。
この選挙戦、実は、両陣営ともに、選挙業界では名うてのスーパー軍師がそれぞれ幕閣入りする夢の対決が実現していた。お二人ともよく存じ上げ、お世話になっているので、つい歯切れも悪くなるところだが(苦笑)、たとえるなら「韓信 VS 諸葛孔明」「太原雪斎 VS 黒田官兵衛」といったところだ。
直前の参院選の比例区得票を「基礎票」とするならば、自公は、立民、国民を大きく上回っていた。裏を返せば、野党側が互角に戦いに持ち込めたのは、これまでいなかったはずの精鋭とも言える軍師が、ネットも含めて最新のノウハウを盛り込んだ献策が功を奏した部分も大きかったと思われる。この選挙戦、家庭の事情もあって遠巻きにみていただけだったが、期間中も筆者が入手した報道機関の出口調査の推移を振り返れば、序盤はかなりの差があったが、終盤にかけて、じわじわと差を詰め、最後は逆転に持ち込んだ。
ただし、軍師対決だけで見ることはあまりに表層的だ。毎日新聞などの出口調査によれば、大野陣営は「自民の3割、公明の2割――と保守層にも食い込み、無党派層からも6割の支持を集めた」というから、これがこの選挙戦の明暗の差を物語っている。軍師がどんなにすごいかとは関係なく、そもそも擁立した党中枢のキャスティングの巧拙があったと言わざるを得ない。
青島氏は政治家としての可能性はあると思うが、どちらかといえば参議院向きだ。一議員としてスポーツ政策や社会政策を売り物に活動するなら受け入れられたと思う。しかし、これまでスポーツ界のフリーランスで活動してきて、大きな組織を動かした経験もない中で県知事というのは県民に「重荷」に見えたことは否めない。仮に当選していたとしても、老練な自民党県議たちに取り込まれてしまうのではないかという「傀儡」感を払拭するには、あまりにも実績不足だった。
一方、大野氏は駒崎弘樹さんもいうように地味なオッサンだが、政治家になる前は、中東の専門家として活躍。政界入りしてからも、民主党政権時代は防衛政務官を務めるなど、かつての長島昭久氏と並んで安全保障にも精通し、保守層からも一定の信頼が置かれていた。
それに、大野氏の祖父は元川口市長で、当地の自民党の基礎を作ったとされる「バリバリの保守本流」の流れを受け継いでいる。県内の一部の商工会などが推薦するなど、本来は保守層にいるはずの人たちの支持をしっかり捉えていた。これが左派系野党にありがちな空中戦頼みの体質を補完し、地上戦での活動量も地道に増やせたのではないかとうかがえる。
ネットの戦術をみても、本来は自民党がやっていたのにやらず、逆に野党がそれまで熱心でなかったのに力を入れていたことがあった。その一つがLINE@の存在だ。両陣営の公式サイトを見ると、青島陣営が開設したSNSはFacebookとTwitterのみで、LINE@の公式アカウントがなく、逆に大野陣営はLINE@もしっかり運営していた。
といっても、大野陣営のLINE登録者は900人程度だから、全体としては微々たる差異であろうが、間違いなく言えるのは、青島陣営に付いていた公明党、つまり創価学会の信者さんたちが得意とするLINEを使ったフレンド票(非信者の票)獲得に勢いがでなかった可能性がある。公式アカウントがなくても自主的に仲間内のスレッドを作って巻き込めなくはないが、公式のコンテンツがないと求心力は生まれにくい。
自民党は参院選で山田太郎氏のネットによる大量得票が注目を集めたが、LINEも存分に活用していた。この辺りの「ちぐはぐさ」にみられるように、定性面では、今回の明暗を示唆する一現象のように感じた次第だ。
いずれにせよ、色々とイレギュラーなことが重なっての結果なので、大野陣営を支援してこの「奇跡」の勝利に浮かれている野党関係者がいるとすれば、実におめでたいことだ。
得票分析などデータ面の論評は時間もないので、機会を改めてできればと思う。
新田 哲史 アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長
読売新聞記者、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政党、政治家の広報PRプロジェクトに参画。2015年秋、アゴラ編集長に就任。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。Twitter「@TetsuNitta」