英国離脱後「英語」がEUを支配

長谷川 良

オーストリア代表紙プレッセは24日1面で欧州連合(EU)での英語の地位について詳細なレポートを掲載していた。結論を先に言うと、英国が10月末にEUから離脱(ブレグジット)した後、英国の母国語・英語はEU機関、欧州議会などでその地位を拡大するという話だ。逆ではない。

▲ピーテル・ブリューゲル作「バベルの塔」(1563年)ウィキぺディアから

EUは現在、28カ国だが、英国が「合意なき離脱」かどうかは別問題として、27カ国のEUで英国の母国語、英語が益々その影響力を広げていくという。フランス語をEUの第1言語にしたいと秘かに願うマクロン仏大統領にとってショックだろう。マクロン大統領は3月、「英国が抜けた後、EU内でフランス語の地位を向上させたい」と表明し、そのために巨額の資金を投資する計画を明らかにしたばかりだ。同大統領は多分、英語のパワーを過小評価していたのだろう。

プレッセ記者によると、「英語が“英国の母国語”という枠から抜け出し、EU加盟国の意思疎通の手段として普遍性を獲得する」というのだ。フランス語、スペイン語、ドイツ語ではない。英国のEU離脱後、その母国語の英語が27カ国を支配するという構図だ。ちなみに、EUではこれまで、英国を除くと、アイルランドとマルタの両国が英語を第一公用語としてきた。

興味深い事実は、EUの拡大が進むのにつれ、英語がその地位を強化する一方、フランス語が影響力を失ってきたことだ。EUの第1次拡大(オーストリア、フィンランド、スウェーデン)と第2次拡大(2004年の東欧諸国の加盟)後、EU全ての機関での記者会見や議論はもはやフランス語ではなく、英語が共通言語として使用され出したのだ。

プレッセ紙によると、EUでは94%の学生、生徒が学校で英語を学び、大学では2002年、725コースが英語で行われていたが、その数は今日、1万コースを超えているという。大学内だけではない。経済界、政界、文化界では英語は既に共通言語と見なされている。“自国ファースト”で民族主義を標榜する欧州の極右派政党ですら、他国の極右派との意思疎通には自国の言語ではなく、英語で行っているのだ。

28カ国から構成されるEUではこれまで24言語が平等の地位を享受し、欧州議会や欧州委員会の重要な公文書は24カ国語に翻訳されなければならないことになっている。欧州条約では、「全ての加盟国の国民は等しく自国の言語で記述された文書を得る権利がある」と明記されている。だから、24カ国に翻訳し、通訳する費用はEU予算でかなりの部分を占める。

通訳の場合、23カ国全てに通訳すれば552言語のコンビネーションとなる。それを忠実に実施すれば大変な時間と労力がかかる。だから、通訳では演説内容をまず英語で通訳し、それを他の言語に通訳するようになっている。英語通訳ファーストだ。英語は他の言語への中継ぎ言語といえる。

なお、英国のブレグジットで英語はその影響力を拡大するが、EU機関の英国出身者は減少していくと予想されている。それに伴い、英国人特有の英語アクセント、特有の美辞麗句を聞く機会が少なくなるわけだ。

ベルギーの首都ブリュッセルではフランス語、フラマン語(オランダ語)、ドイツ語が飛び交っている。ブリュッセルの路上でEU外交官を目当てに物乞いをする者も最低3カ国語が堪能でなければ仕事がうまくいかない。

ユンケル委員長の後任にドイツ人のフォンデアライエン氏が選出されたが、彼女はブリュッセル生まれで英語、フランス語、ドイツ語など多種類の言語をこなす。ユンケル氏もそうだったが、EUで指導的地位を得るためには最低でも3カ国語が流ちょうに話せないと務まらない。ポーランド出身のドナルド・トゥスクEU現大統領は英語をマスターするために苦労した1人だ。

プレッセ紙24日の社説は「共通の言語なくして欧州共和国は夢に過ぎない」と主張している。自国語以外にも他国の言語に通じ、意思疎通できることは素晴らしいし、英語が他の言語を理解するうえで助けとなるが、それだけではやはり十分とは言えないわけだ。EU共通の統一言語が必要だというのだ。

神は、自分のようになろうと天まで届く高い塔を建設しだした人類を見て、彼らが互いに会話できないようにするために言語をバラバラにしたという「バベルの塔」の話が旧約聖書「創世記」の中に記述されている。当時、人々は少なくとも一つの言語で話し合っていたのだ。それ以降、人類は長い歴史を通じて相互の意思疎通を促進するため“失った共通言語”を模索してきたわけだ。英語が将来、統一言語となるだろうか。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年8月26日の記事に一部加筆。