文在寅政権の暴走を支持する声は日本にはほとんどないが、英米圏では「お互い様」という意見が出てきた。ニューヨークタイムズの社説やワシントンポストのコラムは日韓の一方に肩入れするものではないが、そこには共通のパターンがある。NYTは朝鮮半島で「性奴隷」や「強制労働」が行われたと書き、ポストはこう書いている。
第二次世界大戦中に、日本は記録された歴史の中でもっとも恐ろしい残虐行為を行った。これには数十万人の「慰安婦」の性奴隷化や、朝鮮の学童に日本語の学習を強制して韓国文化を根絶する努力が含まれていた。
この残虐行為(atrocities)という言葉が曲者だ。慰安婦や日本語教育が残虐行為とは考えにくい。これは英米圏の読者には南京事件(Nanjing Atrocities)を連想させ、「日本軍は朝鮮との戦争で南京のような大虐殺をやった」と理解するだろう。
そう誤解するのは英米人だけではない。たとえば、みのもんたは昨年、AbemaTVで「僕なんか正直に思うんだけど、朝鮮半島と日本が戦争したということは事実だからね」と発言して物議をかもした。
日本人には、これはすぐ錯覚だとわかるが、英米人はそんな細かいことは知らない(関心がない)。NYTやポストのような一流紙が「日本軍のアジアでの残虐行為」と一くくりにすると、南京事件と朝鮮半島を「残虐行為」で結びつけることに(かなりの知識人も)疑問をもたない。
それに対して「朝鮮で残虐行為はなかった」と反論すると、英米の読者は次のような2種類の日本人がいると思うだろう。
○中国や朝鮮を侵略した残虐行為を認めて反省する日本人
×侵略戦争の残虐行為をまったく反省しない日本人
そして安倍首相は後者に含まれるのだ。
日本は朝鮮とは戦争できなかった
韓国人も「日本との戦争に勝利した」と考えているので、こういう誤解は歓迎だ。彼らの戦争は上海にあった亡命政権が一方的に宣言した「抗日戦争」だが、日本軍の「アジアに対する戦争責任」を糾弾する点では同じだ。
さらに問題をややこしくするのが、「南京大虐殺はまぼろしだった」などと主張する右派の人々だ。彼らにとって大東亜戦争は「自存自衛」の戦争なので、日本は朝鮮半島で悪いことはしていない。ここでも中国と朝鮮が混同されることが多い。
ここで大事な問題は、南京事件が「大虐殺」だったかどうかとか、日韓併合が「侵略」だったかどうかではない。第二次大戦で日本は朝鮮とは戦争しなかったという単純な事実である。朝鮮半島は日本の領土だったので、自国とは戦争できない。
朝鮮半島を舞台にした戦争はあった。日清・日露戦争は朝鮮半島の支配権をめぐる戦争であり、その意味では19世紀末以降、朝鮮人はずっと戦争の被害者だったともいえる。これは気の毒なことだが、強制労働とも慰安婦とも無関係である。
日本の戦争責任を問うのはいいが、どの戦争のことか明確にしないと、国際世論が日本を袋だたきにして外務省が屈服するという慰安婦問題の二の舞になりかねない。英米圏の初歩的な誤解を解くことが重要だ、というのがその教訓である。