芸能界と独禁法:公取委が自民党に見解を提示

楠 茂樹

公正取引委員会は27日午前に開かれた自民党の競争政策調査会で、芸能事務所がタレントとの間で交わす契約や取引について、どういったケースが独占禁止法上問題となり得るかをまとめて提示した。今回示した見解は、実質的な指針として業界への周知にも活用するという(出典:朝日新聞 2019年8月27日記事「芸能事務所の問題行為、公取委が例示 TV出演妨害など」)。

筆者は、まだその見解それ自体を詳細に見ていないが、上記の朝日新聞の記事によれば、以下の4つの「問題となり得る」例(芸能事務所の行為)が示されたという。

① 移籍、独立をあきらめさせる
② 契約を一方的に更新する
③ 正当な報酬を支払わない
④ 出演先や移籍先に圧力をかけて芸能活動を妨害する

「実際に独禁法に違反するかどうかは個別に判断されるが、①〜③は独禁法の「優越的地位の乱用」、④は「取引妨害」などにあたるおそれがある」とのことである。

独占禁止法という呼び名は、その正式名称である「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」からきているが、ここで列挙された、違反が疑われるケースはいずれも私的独占規制ではなく、不公正な取引方法規制の中にある違反類型である。

そしてそこでいう公正競争阻害性といわれる効果要件(弊害要件)、すなわち競争秩序、取引秩序に与える悪影響の要件は、独占の弊害をもたらすとか、競争それ自体に対する悪影響を生じさせるとかいったものだけではなく、競争手段として不公正であったり、取引主体の独立性を否定するような意味での悪影響を問題にする、独占禁止法の中ではどちらかというと「裏街道」のような類型であることには多少の注意を払ってもよいだろう。

ジャニーズ事務所が入居する東京・赤坂のビル(編集部撮影)

ジャニーズ事務所が「注意」を受けたのは、このうち④の例示に該当するものについてである。競争それ自体への悪影響ではなく、手段として不公正だというタイプの公正競争阻害性を問題にするとき、何を以て「手段が不公正」というかが問われることとなる。

事務所から独立したタレントを使わないようにテレビ局などに圧力をかける行為を対象にしているとのことであるが、辞めたタレントではなく自分の事務所の現在の所属タレントを積極的に採用してもらうよう働きかけることは、通常の「営業活動」と説明することもできる。

公正取引委員会が平成30年度(2018年度)に不公正な取引方法規制違反として正式な処分を下したのは、実はたった一件であり、それは取引妨害規制違反であった(「平成30年度における独占禁止法違反事件の処理状況について」(公正取引委員会)参照)。

農林水産省の東北農政局が発注した公共工事に係る入札不正事案であるが、ある業者が競争入札で勝てるよう、提出すべき技術提案について発注者から助言を受け、その内容について添削を受け、あるいは他の業者の技術評価点及び順位について情報の教示を受けた行為が、他の業者の取引を妨害したとされたケースである。

これは明らかに刑法上の公契約関係競売入札妨害罪に該当する行為といえ、発注者側職員には官製談合防止法違反が成り立つような事案であった。問題となるやりとり自体が法に抵触する(犯罪にならなくとも競争入札のルールには違反する)ものであるということが、不公正手段であることの明白な説明になる。

では、芸能事務所の場合は、何が手段の不公正を基礎付けるのだろうか。芸能事務所が独占的な、支配的な地位を利用して競争全体を歪めるような行為をする場合は十分に不公正といえるだろうが、そうでない場合はどうなのだろうか。

随分と古いが、取引妨害のケースで「熊本魚市場事件」というものがある。これは生鮮食品の卸売市場において、競争業者のせり場の周囲に障壁を設置したという物理的妨害のケースであり、露骨な営業妨害のケースであった。仮に競争全体には影響を与えないとしても、確かに許しがたい妨害行為である。

さて、事務所を辞めたタレントを使わないように取引相手に要求する行為は、果たして許容範囲を超える妨害行為なのだろうか。自社のタレントを使うように要求しただけならばどうだろうか。これは企業にとっては自衛行為ともいえる。

報道によれば、独占禁止法上違反疑いを生じさせる行為とは、「圧力をかけ」る行為である。要求と圧力はどう違うのか。結局、違反かどうかの線引きが「圧力」という言葉の意味をどう捉えるかによるのであれば、「圧力はダメだ」といったところで、それは大した指針にはならないだろう。

移籍先が仮に大手事務所だったら結論は変わるだろうか。「見せしめ」的な妨害行為が念頭に置かれているのかもしれないが、どのような場合に「見せしめ」といえるのか。個別の番組での要求か、全般的な出禁の要求かでも評価は変わってくるだろうか。

いずれにせよ強者と弱者という対立の「一歩先」を見据えた議論が必要だろう。

楠 茂樹 上智大学法学部国際関係法学科教授
慶應義塾大学商学部卒業。京都大学博士(法学)。京都大学法学部助手、京都産業大学法学部専任講師等を経て、現在、上智大学法学部教授。独占禁止法の措置体系、政府調達制度、経済法の哲学的基礎などを研究。国土交通大学校講師、東京都入札監視委員会委員長、総務省参与、京都府参与、総務省行政事業レビュー外部有識者なども歴任。主著に『公共調達と競争政策の法的構造』(上智大学出版、2017年)、『昭和思想史としての小泉信三』(ミネルヴァ書房、2017年)がある。