人はなぜ「孤独」で苦しむのか

長谷川 良

ドイツ週刊誌シュピーゲル最新号(8月24日号)に「ドイツも孤独で苦しむ国民が増えてきている。孤独対策の担当省を設置すれば」という趣旨の小記事が掲載されていた。「孤独対策省」の新設という発想はこれが初めてではない。メイ前英首相は昨年1月18日、孤独担当大臣(Minister for Loneliness)を新設し、スポーツ・市民社会担当のクラウチ国務大臣に兼任させた(現在はミムズ・ディビース会員議員が昨年11月から就任)。

ウィーン市内の風景(2019年8月28日、ウィ―ン市1区、撮影)

メイ前首相は、「孤独はモダンな社会では哀しい現実だ」と述べ、孤独で苦しむ国民が増えていることに警告を発している。英国では6600万人のうち900万人の国民がなんらかの孤独に悩まされているという。

孤独は英国の国民病ではない。ドイツでも同じように孤独対策省を設置し、担当国務相を任命すべきだという声が高まっているわけだ。赤十字社のデータでは、ドイツでは45歳から89歳の国民の9.2%は孤独で苦しんでいる。

メイ前首相が独自の孤独対策担当相を設置すべきだと考えた契機は、英労働党の下院議員のジョー・コックス氏(当時41)が2016年6月、孤独な人を支援する途上、英国北部のBirstallの路上で殺害されるという事件が発生し、当時、英国内で大きなショックを与えたことだ。メイ前首相は殺されたコックス氏の遺志を継承するために孤独対策のための省を設置したわけだ。ドイツのヴェルト紙によると、デンマークやオーストラリア、そして日本でも孤独な老人を支援するホットラインなどの体制を敷いている。

当方が35年前ごろ、ウィーンの外国人記者クラブに通っていた時、1人の老人が事務所でファックスの整理を担当していた。彼は年金生活者だったが、年金が少なかったので外国人記者クラブのファックス整理の仕事をもらい、小遣い稼ぎをしていた。彼は1人住まいだった。心配なことは、自宅で自分が倒れたときどうするかだった。誰も自分を見つけることができず、何カ月も自宅で死んでいる自分の姿を思い出すと「ゾー」とするといっていた。

しばらくした後、彼は笑顔をみせ、「倒れたとき、直ぐに救急車で通知できる緊急連絡機をもらったので少し安心したよ」と語ったのを今でも鮮明に思い出す。彼も孤独な老人だった。だから、わずかな小遣い稼ぎより、外国人記者クラブで若い記者たちと会話する時間のほうが大切だったはずだ。

x1klima/flickr:編集部

もちろん、孤独は単に1人だけという状況で湧き出てくるものではない。1人でも孤独を感じない人がいる一方、多くの人に囲まれながら孤独で苦しむ人もいる。「都会の砂漠」といった表現は昔から歌謡界ではよく歌われ歌詞だ。ワイルドな資本主義社会で生きている多くの現代人にとって、孤独は常に付きまとう。メイ前首相は現代人を襲う孤独を「流行病」といっていた。

イエスは群衆から離れ、寂しいところに出かけ、1人になることを好んだ。人間嫌いだったわけではない。彼の場合、神に祈るために寂しいところで1人で神と向かう時が必要だったわけだ。だから、「1人でいること」と「孤独」は決してイコールではないが、現代人は1人でいることに慣れていない。

ITの時代、人は常に何かとむずびついている。スマートフォン、SNSを通じて常に誰かと結びついているが、インターネットのなかった時代の人間より、現代人はひょっとしたら孤独を感じているのかもしれない。

社会学者によれば、人間は本来、関係存在だ。出生、家族、社会、職場まで様々なレベルの関係が存在する。その関係が崩れるとき、さまざまなネガティブな症状が出てくる。家庭内で夫、妻とうまくいかない、会社で上司との関係がマズい、といった状況が生じれば、人はやはり孤独を感じる。その意味で、孤独対策の第一の仕事は、失った関係を回復する努力を支援することだろう。そして孤独を感じる人の話をよく聞いてあげることだ。アドバイスはその後でも十分だ。

関係は対人関係だけではない。自然、動物との関係も大切だ。都会を離れて山や森に出かけるのは、人間界の関係を断つためだけではなく、自然との関係を求めて出かけるわけだ。人間との関係、自然との関係が崩れるとき、人間との関係に疲れたとき、自然の中に出かけ、自然との関係を深めていく。関係を通じて生きるエネルギーを得るわけだ。

いずれにしても、「関係」で苦しむ人々が増えれば、「孤独対策省」の新設を求める声が広がるかもしれないが、「孤独対策省」が増えるということは、社会にとって朗報ではないだろう。

最後に、「孤独」に関する名言から、ドイツの文豪ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの言葉を紹介する。

「誰一人知る人もいない人ごみの中をかき分けている時ほど、強く孤独を感じるときはない」

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年8月29日の記事に一部加筆。