ラテンアメリカにおけるリーダー国はこれまでブラジルとメキシコであった。GDPにおいてもラテンアメリカでブラジルが1位、メキシコが2位に位置している。世界レベルで見ると、2018年統計で前者は9位、後者は15位を占めている。
ブラジルはルラが大統領だった2003〜2010年に高度成長を遂げて、その勢いも味方してワールドカップとオリンピックを招致するまでになった。またルラはアフリカそして中東をメインに積極的に外交を展開して行った。そしてBRICSに加盟する足場も築いた。ルラが積極的に外交を展開できたのも、彼の前任者であるカルドッゾ大統領(1995〜2002年)からブラジルが積極的に外交を展開したからであった。
ブラジルは1964年から1985年まで軍事政権が続き国際外交の場でのブラジルの存在を知ら示す機会はなかった。軍事政権のあと民政化となってインフレも安定したのがカルドーゾ政権下であった。彼の政権下でメルコスルも誕生している。
カルドーゾそしてルラの二人の大統領によってブラジルは国際的に存在感を示すようになったのである。そのあとルセフとテメルの両大統領は二人の前任者が築いた外交を国内が経済危機にある中で堅持して行った。
ところが、ボルソナロが大統領になると彼の外交の視点は米国トランプ大統領とイスラエルのネタニャフ首相とのパイプの強化だけに向けられている。アマゾン地帯の無謀な開発を積極的に展開していることからヨーロッパの政治リーダーの間ではボルソナロに不信感を持つようになっている。
例えば、EUとメルコスルの自由貿易協定にフランスも合意するという条件と交換でマクロン仏大統領はボルソナロにブラジルがパリ協定から脱退しないという約束を取り付けることを条件としたほどであった。また、メルケル首相は大阪G20への出席を利用してボルソナロに気候変動に影響を与えるアマゾン開発の真意を明確にしたいと表明していたほどであった。
(参照:elpais.com;alnavio.com)
またイタマラティーとも呼ばれている外務省のトップにエルネスト・アランジョーというボルソナロと同じ偏執的思考の持ち主でトランプを崇拝している人物を外相に起用したことによってブラジルの国際舞台でのこれまでの活躍から遠ざかって行く方向にある。
一方のメキシコの大統領アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(アムロ)もボルソナロと同様にメキシコのこれからの国際舞台から後退する方向にある。
大阪G20を欠席した後、ペルーの首都リマで開催された太平洋同盟の定例首脳会議にも欠席した。G20の時と同様にマルセロ・エブラルド外相と最近辞任したカルロス・ウルスア前財務相を送った。
太平洋同盟は2011年に創設されて8年目を迎える。メキシコ、コロンビア、ペルー、チリの4か国によって構成され、この4か国によるGDPはラテンアメリカの38%を占めている。そして、この4か国の間で商品、サービス、資本、人の移動の自由の保障の完成を目標にしている。今回の会議でエクアドルの加盟の為の早急なる手続きの実施が確認された。(参照:clarin.com)
来年議長国になるチリのピニェラ大統領は会議に出席した経営者らを前に、今年12月にチリで気候変動について議論の場としてCOP25が開催されるのを機会に「そこで驚くべき程の挑戦がまっている。それ故、私はドゥケ(コロンビア)大統領、ビスカッラ(ペルー)大統領にも参加を招待したい。勿論、ロペス・オブラドール(メキシコ)大統領にもだ。それまでには就任して1年を満たすことになる。だから1年間は外遊しないという言い訳は通用しなくなる」と述べて経営者の間から嘲笑をかったという。(参照:heraldo.mx)
ピニェラ大統領もそうであるが、ドゥケそしてビスカッラ両大統領にとっても僅か2日間だけの会議に出席できないというアムロの姿勢に内心理解し難いはずである。
スペインのヘナレス大学教授のロヘリオ・ヌニェスはアムロのハンディキャップを2点挙げている。
①アムロは外交経験がない。世界の地政学と戦略地政学についての認識が欠如しているということ②彼は外交にこれまで関係したことがない。国家元首としての姿勢に欠ける。彼と同じような思考の持ち主でないと議論し衝突することが良くある。
この評価が的を得たのか、カルロス・ウルスア財務相がアムロの政治姿勢に同意できないとして突如辞任した。(参照:alnavio.com;elpais.com)
「北米の自由貿易協定」と題する本の著者クリスチーナ・ロサスはアムロを指して「国際外交について無知だ」と断定した。そして、「アムロは外交に関心がないのだ」「国際関係について可成りの無知だ」と辛らつな評価をしている。(参照:bbc.com)
大阪G20に参加を辞退したのも米国との移民問題を抱えている最中にトランプ大統領と大阪で会見する場を避けるためだという意見もあった。しかし、国際外交を理解しているのであればG20を利用してメキシコが抱えている問題を理解してくれる国家指導者を見つけるに良い機会であるはず。アムロは米国との移民問題を飽くまで国内問題として納めようとしているようだ。
メキシコ自治大学の政治社会学のホセ・ルイス・ウガルデ教授は「外相と財務相がG20に出席しても、この両名はトップ会議にはアクセスできない」「大統領は最大限の重大な過ちを犯している。アムロが立てている目算はひどく無責任だ」と述べた上で、「G20は二国間あるはマルチ外交において信頼関係を築くのに役立ち、深く協力関係を結ぶことが容易となる」「外遊したくないなど19世紀或いは20世紀の考え方で、それがメキシコの外交政治ではあった」と述べて、彼の側近がそれを許していることを残念がった。(参照:eldiariodevictoria.com)
また、アムロが大統領になってから6か月間で外遊したことはゼロである。ペーニャ・ニエト前大統領でも就任した最初の6か月間に10回外遊をしていた。特に、儀礼的に最初に米国を訪問することになっている。アムロはそれさえ皆無である。(参照:bbc.com)
大統領専用機も売りに出しており、アムロは外遊するには一般旅客機を利用するか専用機をチャーターするしかない。アムロは選挙戦の時からメキシコには貧困で溢れている人たちが多いのに出費の多額な大統領専用機は贅沢だとして売りに出している。もうあの時点でアムロの脳裏には外遊する気はまったくなかったのかもしれない。
このような姿勢である故に、8年前にアムロが大統領であったならばメキシコが太平洋同盟に加盟することもなかったであろう。しかも、外国の政治に干渉しないという1930年代のヘナロ・エストゥラダ外相の中立外交を復興させているようだ。
その影響もあってか、アムロのメキシコはニカラグア、キューバ、ボリビアと同様にベネズエラのグアイドー暫定大統領を今も承認していないのである。このような外交を今後も展開し続けて行く限り、メキシコのラテンアメリカでの外交をリードできる立場にはない。
だから、唯一ラテンアメリカで外交をリードできるのはアルゼンチンのマクリ大統領だけになってしまう。ところが、アルゼンチンは経済危機にあり、10月の大統領選挙でマクリが再選されない可能性が十分にある。
仮に、敗退して、クリスチーナ・フェルナンデス前大統領が副大統領として復活すれば、アルゼンチンはまた欧米圏から離れてロシアや中国との関係強化を向かう可能性がある。
白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家