問題はルノーだけにあらず。統合再交渉に意欲示すFCAの「お家事情」

山下 丈

フィアット・クライスラー(FCA)の事情

FCAのマイク・マンリー新CEOは、5月に公表したルノーへの合併提案6月取り下げたが、8月改めて交渉継続意思を語った。イタリアでもまたフランスでも、テーブルに戻るのを好意的に受けとめている(新たな交渉なしとも)。提案・撤回・継続と、株価がほぼ一定なのが証拠だという(本稿は、株価予想や株式推奨をいうものではない)。

FCA公式YouTube、ルノーflickrより:編集部

連邦証券取引委員会(SEC)提出書面では、撤回を「フランスの政治状況」とする一方、「日産と三菱にも感謝」とあり、再開には日仏懸案の解決が前提と考えられる。今や両国政府も協力的だとか。ルノーの内情ばかり語られるが、実はFCAにも「お家の事情」がある。

「共同訓練センター」汚職

それは、この十年来FCAを悩ませてきた全米自動車労組(UAW)絡みの不祥事で、労使双方が共同設立した新人労働者「訓練センター」を舞台とする横領事件である。

組織の責任

FCAのセルジオ・マルキオンネ元CEO(Wikipediaより:編集部)

UAWについては、FCA対応の責任者ノーウッド・ジュエル副会長が8月5日、15か月の実刑判決を受けた(部下3名もそれぞれ有罪)ことで、組織の刑事責任は問われずに済んだと見られる。だが、FCAに対しては、連邦検察は会社の刑事責任を問いたいらしい。不問にするか、司法取引か、それとも公判になるのか、決着を見ていない。

検察が「会社ぐるみ」にこだわる原因は、FCAの労務担当役員アル・イアコベリ副社長が5年半の実刑になっただけでなく、故セルジオ・マルキオンネ前CEOにある。マルキオンネは、フィアットのクライスラー出資以来、UAWと協力、FCAを現在の位置まで引き上げた功労者である。それが、UAW幹部を「太って、愚かで、ハッピー」にし、労使交渉を有利に保ったのではないかというのである。

捜査は、「1発の銃声」で始まった

事件のユニオン側の中心は、当初のク社担当副会長ジェネラル・ホリフィールドだった。ホリフィールドの訃報に接し、マルキオンネCEOは、「会社が最も困難な時期を彼と乗り切ることができました。2011年5月、6年早く米国財務省ローンを返済できたと発表する全従業員会の壇上、大きなハグを受けたのを思い出します」と語った。ホリフィールドはクライスラーの工場労働者出身で、フィアット流に馴染まない組合員を説得、身長190センチ体重136キロの巨体と人柄で融和に努めた。

その陰で、ホリフィールドには金が必要だった。有名写真家モニカ・モーガン(南ア大統領ネルソン・マンデラの就任式も国葬も、彼女が撮影)との交際が原因である。イアコベリ副社長と共謀、彼女の写真事務所とセレクトグッズ会社を「センター」納入業者に指定する。2011年にはキングUAW会長から叱責されたため、別の新会社に金を流すよう切り替えた。偽の「貧困児童のための慈善基金」や「ホスピス」も設立、自分とモニカに金が届くようにした。会社とユニオンの部下達も、応分のおこぼれに預かった。

モニカ・モーガン氏とUWWのジェネラル・ホリフィールド元副会長(モーガン氏FBより:編集部)

2011年6月には、当時の妻へのDVで逮捕されている。離婚が成立すると、翌年、二人は結婚し、イタリアのベニスで「おとぎ話の結婚式」(モニカの表現)を挙げ、結婚衣装でゴンドラに揺られた。帰国して落ち着いた新居の豪邸も、休暇ごとの旅行も、不正資金で賄われた。イアコベリ副社長は、これを「良好関係維持のための投資」と言い訳しつつ、自らも横領に励んだ。

2013年10月、UAWのキング会長は内部調査を開始。FCAに情報提供を求めるも、断られる。しかし、同11月、ホリフィールドは翌年6月引退すると発表。健康上とも、不正で引退勧告とも噂された(イアコベリは、2015年辞任)。

そして同年12月30日、数組で射撃練習場に出かけ共に帰宅、キッチンで各自が銃の手入れ中、彼の拳銃が暴発した。弾丸はモニカの背中から腹部を貫通し、窓のシャッターで留まった。彼女は緊急手術を受け、一命をとりとめた。彼が手にしていたのは45口径の大型拳銃「デザート・イーグル」で、至近距離からの発砲であり、よく快復したものだと思う。周囲の証言もあり、警察は地元のヒーローに同情的だった。

たしかに健康問題もあって、翌年、彼は膵臓癌と診断され、2015年3月死去。最後はホスピスに入ったが、自ら設立したホスピスは実体がなく、他所のものだった。汚職捜査には、ユニオンの秘書や会社の経理担当者が検察と「協力取引」。部外者ではただ一人、ホリフィールド未亡人のモニカが起訴され、「自己負罪取引」の上、不正な税務申告の罪で18か月の実刑に服した。夫の死後、偽のホスピスから資金回収をはかったことなどが、悪印象を与えたかもしれない。

故マルキオンネCEOの「司法妨害」

2016年夏、マルキオンネCEOは有名な刑事弁護士ビル・ジェフレス同席のもと、故ホリフィールドにイタリア製の高価な腕時計を与えなかったか、捜査官に問われ、否と答えた。彼は2018年7月急逝、「司法妨害」に問われることもなかったが、FBIは証拠のメモを入手していた。

ジェフレス弁護士は、2018年、トランプ大統領が恩赦を与え物議を醸した「スクーター」リビーの弁護士である。イラク戦争を「でっち上げ」と批判した元外交官に怒ったチェイニー副大統領が、仕返しに「あいつの妻は現役CIA」と暴露。コミー司法長官補(トランプに解任されたFBI長官)が任命したフィッツジェラルド特別検察官は、チェイニー告発の証拠をつかめず、側近のルイス・リビー補佐官を「ボスの不利な事を言わなかった」罪で起訴した。

「司法妨害」と大陪審での「偽証」罪で、禁固30か月、罰金と社会奉仕が命じられた。チェイニーの懇願に、ブッシュ大統領は恩赦をためらい、禁固刑のみ減刑に応じた。ジェフレス弁護士は、リビーの法曹資格回復にも努めた。マルキオンネの「司法妨害」に付き合って、どう感じただろうか。

役員室の「ツァーリ(皇帝)」

FCAに深刻なのは、同社が事件の被害者でなく共謀者と検察の目に映ったことである。「ディーゼル排ガス問題」同様、高額でも和解金で解決したいに違いない。2019年1月の司法省・環境省等との和解は、「潜在的な刑事責任」を含まないが、まず問われることはない。「コンプライアンス監査人」が3年間置かれるものの、大気汚染防止法遵守目的である。

経営トップが違法戦略を実行していたとすれば、会社の刑事責任につき、「訴追延期合意(DPA)」の条件として、50億円余の罰金、最長5年の「独立モニター」による経営監視、新たなコンプライアンス体制確立を命じられる。ここでの「モニター」は、取締役会にも出席し、コンプライアンス体制の進捗を監視、役員構成の変更を提言することもできる(Barkow et al., Prosecutors in the Boardroom, 2011, p.62)。

その強力な権限から、「役員室のツァーリ(帝政ロシア皇帝)」と評される(Garrett, Too Big to Jail, 2014, p.186)。しかも、合意の「拘束力は買収企業や合併新会社にも及ぶ」旨の条項が入る。合併新会社の「ツァーリ」受入れは困難であろう。

FCAは、合併協議(相手はプジョー・シトロエン・グループPSAの可能性も)と検察交渉を並進させているはずである。双方旨く行けば、ルノー側で9月中にも日仏出資変更「暫定覚書(MOU)」も公表されるだろう。そして、FCAの刑事責任を問わない場合、検察は何も発表しない習わしである。

山下 丈(やました  たけし)日比谷パーク法律事務所客員 弁護士
1997年弁護士登録。取り扱い分野は、商法全般(コンプライアンス、リスクマネジメント、株主総会運営、保険法、金融法、独禁法・景表法、株主代表訴訟)、知的財産権法(著作権、IT企業関連)。明治学院大学法科大学院教授などを歴任。リスクマネジメント協会評議員。日比谷パーク法律事務所HP