アルペンスキー界の英雄、マルセル・ヒルシャー(Marcel Hirscher,30)が4日、出身地オーストリアのザルツブルクのホテルで記者会見を開き、競技生活から引退することを公式に表明した。アルペンスキー界の王者、ヒルシャーの引退ということでCNNやニューヨーク・タイムズを含む約150人のジャーナリスト、20を超えるTVカメラチームが記者会見に集まった。
オーストリア国営放送は4日午後8時15分(現地時間)、今月29日に実施される国民議会選の筆頭候補者の討論会を放映する予定だったが、同時間にヒルシャーの記者会見があることから、討論会を1時間遅らせざるを得なくなるなど、ヒルシャーの引退表明記者会見への国民の関心は非常に高かった。
ヒルシャーは2007年3月、ワールドカップ(W杯)に初参加して以来、12年間、アルペンスキー界で活躍してきた。2011~12年から18~19年まで8シーズン連続W杯総合優勝、通算67回の勝利、回転と大回転の技術系種目で各6回の種目総合優勝、五輪では2個の金メダル、世界選手権で7個の金メダルをそれぞれ獲得。「アルペンスキーの歴史で今後出てこないスーパースター」と呼ばれてきた。ヒルシャーは245回のレースに出場し、67回第1位だった。その勝率は27%だ。
総合優勝の連続8回はもちろん新記録だ。ヒルシャーに次ぐ選手はルクセンブルクのマーク・ジラルデリーの5回だ。W杯の優勝回数ではスウェーデンのインゲマル・ステンマルクが86回、女子では米国出身のリンゼイ・ボンが82回でそれぞれ第1位。
オーストリアでは、長野冬季五輪大会(1998年)で滑降で大転倒し、病院に運ばれたが、その後の大回転とスーパー大回転で2個の金メダルを獲得し、「不死身のマイヤー」と呼ばれ、オーストリア国民から愛されてきたスキー選手、ヘルマン・マイヤーがいるが、ヒルシャーはW杯通算、総合優勝回数でマイヤーを上回った。文字通り、ヒルシャーはアルペンスキー王国オーストリアの第一人者となったわけだ。
ヒルシャーは競技前には最善の準備をすることでよく知られている。ヒルシャーの友人でありライバルだったドイツのフェリックス・ノイロイターは、「ヒルシャーは完全主義者だ、中途半端なことを嫌う。彼は150%力を出し切るか、それができない場合、初めから出ない。彼の引退でアルペンスキー界は大きな英雄を失う」と述べている。
ヒルシャーは記者会見で、「現役引退は2週間前に決めた。健康なまま現役を終えることができて幸いだった」と語り、引退を決めて心が軽くなったと語っている。
ヒルシャーは、「ファンや国民が自分の優勝を願っているのが分かる。勝利へのプレッシャーは他の人では理解できないだろう」と呟いていた。ヒルシャーに初めて子供が出来たことから、「僕の人生で最も重要なのはスキーではなく、家族だ」とはっきりと語るようになった。
スキー界では、「あと数年はトップクラスを維持できた」といわれていただけに、早期引退を惜しむ声も聞かれるが、ヒルシャーは、「最高の頂点にある時に引退したい」と言っていたが、その通りとなったわけだ。
30歳で現役選手生活を終えたヒルシャーは次に何を目標とするだろうか。スピードを愛するヒルシャーはオートバイのレース界に挑戦するのではないか、と一部のメディアで囁かれている。“レース界のヒルシャー”が登場するかは現時点では不明だ。
12年間のスキー選手時代の疲れを取るため暫くの間、家族と共に時間を過ごすことになろう。エネルギーが補給された後、ヒルシャーは第2の挑戦を始めるはずだ。アルペンスキー界の王者は記者会見では目頭を一度赤くしたが、涙を流さず、その引退表明は極めて“未来志向”だった。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年9月6日の記事に一部加筆。