世界大戦前夜に似る異常な経済摩擦

中村 仁

金融緩和より金融軍縮会議を

世界貿易、国際金融は異常な、異様な事態に陥っています。「第二次世界大戦(1939-1945)前夜」に似てきたとの声も聞かれます。世界大戦に突入するのを防ぐため、ワシントン海軍軍縮会議(1921)、ロンドン海軍軍縮会議(1930)が開かれ、海軍力を制限(戦艦の増強競争の抑制)する条約を結びました。そうした歴史を思い起こす必要がある時です。

ビアリッツサミットの記念撮影風景(官邸サイトより:編集部)

先日、フランスで開かれた主要国会議(G7)がこうした世界規模の問題を取り上げることを期待しました。それなのに、トランプ米大統領は「不参加」をほのめかし、対立が表面化するのを恐れたマクロン仏大統領の意向に沿い、一枚紙の素っ気ない首脳宣言が発表されたにすぎませんでした。

メディアや識者のコメントをみると、表面的な指摘が目立ちました。「マクロン氏はG7の亀裂が広がるのを抑えるのに成功した」「安倍首相が香港問題でアイディアをだし、香港の自治を認めた中英宣言の重要性を宣言文に挿入するのに貢献した」などなど。もっと本質的な深みのある分析がほしい。

2京円という時限爆弾

国際金融は時限爆弾を抱えています。政府、企業、家計を合わせた世界の債務残高(借金の総額)は、180兆㌦(2018年末)という人類史上最大の規模に膨張しています。円換算では1京9000兆円(京は兆の1万倍)で、想像を絶します。主に日米欧の中央銀行、政府経由の通貨供給が主な原因です。

景気後退の回避、デフレ回避、バブル崩壊の回避が、こうした異次元緩和の背景です。「国際協調の精神で、景気後退を防ぎ、バブルの崩壊を未然に阻止しようしている」というのがよく聞かれる解説です。「国際協調」といえば、聞こえはいい。実態は金融緩和競争です。

写真AC:編集部

際限のない緩和競争に歯止めをかけるには、緩和競争を方向転換させる「金融軍縮」が必要です。一国だけでは対応できません。かつての海軍軍縮会議の金融版が必要です。軍縮会議は結局、成功せず、大戦へと突入しました。第二次大戦は人類史上最大の戦争となり、死者5000万人、兵器競争の果てに、原子爆弾まで登場しました。

約2京円という借金の重みに耐えられなくなれば、バブルの崩壊です。かつての原子爆弾の投下を連想させる破壊力を持つ。バブル崩壊が起きると、金融緩和の追加策がとられる。通貨供給量や借金総額がまた膨張し、次の原子爆弾となる。バブルの連鎖は止まることはない。まずい。

そのようなプロセスを再生産させない。その努力が政治リーダー、中央銀行総裁らに求められる。そのような金融軍縮会議を開けと、力説したいのです。

米中関税は1930年代の高さ

写真AC:編集部

米中という二大経済大国が互いに課す関税率は平均で20%を越し、第二次世界大戦当時の1930年代に匹敵する高さになりました(日経1日付け)。保護貿易と通貨切り下げ競争が、世界大戦の経済的な原因でした。

両国は互いに譲る気配はなく、中国側は「発言がくるくる変わるトランプ大統領とは貿易交渉ができない」と、対決姿勢をとっています。

「第二次世界大戦」当時という言葉がしばしば、使われるのは不気味な感じです。せっかく環太平洋経済経済連携協定(TPP)で貿易障壁を下げはじめたのに、トランプ氏の指示で米国は離脱しました。

通貨切り下げ競争についても、トランプ氏はドル高にいら立ち、ドル安誘導の構えです。円は安倍政権になって、異常な金融緩和の影響から、円高から円安へと下落しました。最近は、米国の金利下げで円高に振れだし、景気停滞が進むようなら、日本も「金融緩和の追加(円安効果)を辞さない」と、日銀総裁が述べています。

「これは通貨切り下げ競争」だとは、政策当局者は口にはしていないものの、トランプ氏は明らかに、ドル切り下げの仕掛け人です。ドイツは欧州の統一通貨・ユーロのおかげで、旧マルクで比べると、マルク安といえ、輸出に有利に働き、実質的には「マルク切り下げ」になっています。中国の人民元も、11年ぶりに安値をつけ、トランプ氏は「為替操作国」に指定する措置をとりました。

軍事力の行使ではなくても、もうこの状況は、形を変えた世界大戦といえなくもありません。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2019年9月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。