青瓦台の厳しい締め付けからか、このところの韓国各紙はハンギョレを除いて覇気がない。特に朝鮮日報は筆者の指摘が効いた訳でもあるまいが、政権批判の歯切れが悪くなった。そこへ行くと中央日報は日韓のバランスに配慮したように見える紙面作りだ。
6日のコラム「韓日の過去の問題は原則を守るものの国益を考慮して解決すべき」もそういった趣だ。書き手は元駐日大使の申ガク秀氏。申氏は同紙が4月から12回ほど連載を続けている「危機の韓日関係、連続診断」(参照拙稿)を運営する「韓日ビジョンフォーラム」の運営委員長でもある。
本稿では申氏のこのどっちつかずのコラムを検証する。(以下、一部要約あり。太字は筆者)
冒頭、「半世紀の間、危機の中でも韓日関係は政経分離という防護壁で管理されてきたが、今回は自由貿易原則を侵害した日本の強圧的な報復行為で崩れてしまった」とある。先ずは青瓦台をヨイショした訳だが、ホワイト国除外は、デタラメな戦略物資の輸出管理の正常化を韓国に求めたに過ぎない。
そして「GSOMIAの終了措置で葛藤は安保分野に広がった。韓日関係の正常化は更に遠ざかった上、韓米関係にも飛び火し」たとする。氏のコラムの特異な点は、韓国のしたことの主語だけを省き、まるで日本にも責任がある如く書くことだ。韓国がGSOMIAを破棄したので米韓関係に飛び火したのだ。日本に何の責任があるか。
続いて「過去の問題で道徳的優位守るべき」項目を挙げている。
先ず「歴史和解という課題は長い観点で忍耐心を持って解決が求められ」、「政府間では教育に影響を及ぼさないようにする必要がある」とする。「教育に影響を及ぼさないように」とはよく言う。この方は自国の歴史教科書を読んだことがないのか。
朴槿恵政権当時の東亜日報の記事を調べると、17年3月の「朴槿恵降ろし」は、朴氏が大統領就任直後の13年6月に「教育現場の歪曲は必ずや正されるべき」と述べて国定教科書への転換を検討しだした頃に始まり、その17年から中高歴史教科書を国定化することが決定した15年秋辺りから本格化した。
15年10月には「野党は昨日、緊急議員総会を開き、国定化の行政予告を糾弾し、文在寅代表など党執行部は光化門で街頭デモを行った」など、文氏が急先鋒となって国定化に反対する記事が頻出、13日から11月5日までに文氏の名がある記事が5本もある。今では極左と知れた文氏が朴槿恵を降ろしたかった最たる理由は教科書問題だったと思う。
話を戻す。次に申氏は「過去の問題の解決は被害者と加害者である韓国・日本の協力で実現しなければ」とする。だが、被害者・加害者という認識こそ間違いの基であることは、日本語版の出版が待ち遠しい「反日種族主義」にコレデモカとばかり書いてあるだろう。10万部以上も売れているのに申氏はまだ読んでいないらしい。
続いて「過去の解決は連続性を前提に成り立たねばいけない。外交的解決は相手がいる妥協の産物で満足できない部分が生じるが、合意が成立すれば政権の変動と関係なく守らなければいけない」とする。ここは真っ当だ。文談話への当て付けか。
次には「道徳的優位」に触れ「金銭的な問題は我々が負担し、その代わり日本に正しい歴史認識と歴史教育を要求することが重要」とする。が、こんな一方的な考えで「歴史的和解」などできるはずがない。自らが「道徳的優位を堅持」するのは構わない。が、お互いに「道徳」があるので相手の「道徳的優位」も尊重せねばならぬ。外交でいう「respect」とはそれだ。
そして「被害者意識を克服することだ。それは心理的劣等感を招き、歴史に関する省察を通じて教訓を得て未来を切り開く力量までも制約する」と書く。「克日」が必要と自覚しているようだ。ここまで縷説していることといくぶん矛盾もあるが、韓国の読者には噛みしめて貰いたい。
項を変えて申氏は、強制徴用問題を「国際法上、植民地が独立する際、通常は移行協定を締結して両者間の権利・義務継承を解決するが、韓国が日本の35年間の植民統治を不法と見なして継承を認めなかった非常に珍しい事例」とする一方、「日本は植民統治を合法と見なし」たので「法的に非常に難しい事案」になったとする。「珍しい」というより「おかしな」事例だろう。
このため「立場の違いを、妥協を通じて埋めた」とし、「基本条約第2条の“もはや無効”という文言を通じ、韓国は植民統治を源泉無効の不法と解釈し、日本は1910年以前に大韓帝国と締結した条約はサ条約の発効で失効するため植民統治は合法と解釈」したとする。この辺りは両国の主張を踏まえている。
その上で、「隔たりを“異見合意”で封印した。こうした点で韓国最高裁の判決は54年前の修交当時の封印を解いたということだ」と結論する。これも真っ当な認識。つまり両国が政治的妥協をして「パンドラの函」に封じ込めた「災い」を韓国大法院が地上に解き放ってしまったのだ。
当時の国際法に照らし何ら問題のない日韓併合を不当な植民地支配と見做し、その時代に生きた者が不当と感じたことの慰謝料の請求を、当人のみならず末裔にまで認めるなら、大航海時代以降の欧米諸国のあらゆる所業がその対象となり得る。が、そんなことが現実的でないことは国際法の成り立ちを少し齧れば判る。
そして申氏は解決策を提案するが、その前に改めて以下のような比較的正しい総括をする。
韓国はサ条約の交渉当時、戦勝国の一員として参加しようとしたが実現しなかった。代わりに条約の第4条1項に基づき、1965年の修交と共に韓国の対日財産・権利・利益・請求権に関する協定を締結した。韓国は請求権資金を日本が提示した個人に対する直接補償ではなく、政府間一括妥結で経済開発に使った。その代わり韓国は1975年と07年の2回特別法で被害者に補償した。そして05年に官民合同委員会が構成されて強制徴用問題は65年の協定で解決されたと判断し、韓国は18年の最高裁判決まではこの立場を維持した。
申氏は「強制徴用問題は…65年の協定の解釈・適用という側面では国際法問題である半面、植民支配が不法という憲法に基づく最高裁の判決という点では国内法の問題」とし、「外交的な解決法を模索するには両者が衝突しないようソロモンの知恵が要る」と「外交的解決」を模索する。これは正しいが、ここからがいけない。
「韓国政府と韓国企業、日本企業の3者が資金を出して補償するのが望ましい」というのだ。そして「日本政府も中国に対する賠償事例とユダヤ人・東欧強制労働事例を考慮し、“2+1補償案”に日本企業が参加するのを阻止してはならない」という。これに日本側が乗ることはあり得ない。
彼らは何かにつけ中国やドイツの事例を持ち出す。が、蒋介石は「以恩報怨」として賠償を放棄した。戦勝国にしてこうだが、ラスク書簡で戦勝国入りを否定されたように韓日は戦っておらず、統治も真っ当だった上、経済協力金で実質補償をした。
まして戦闘行為でなく民族抹殺行為だったドイツのホロコーストと、通常の戦闘行為における日本の一部の不法行為とを一緒くたにするなど、それこそ歴史知らずの牽強付会だ。
コラムは最後に「歴史を記録して歴史の教訓を見いだし、これを後世に教育することが重要だ。日本の歴史歪曲を是正する韓日近代史研究力を強化し、近代史に対する理解が不足する日本の戦後世代に正しい歴史認識を抱かせるための様々な措置を講じなければいけない」として稿を結ぶ。
だが、未だに「近隣条項」が残っているように、また「学び舎」の教科書すら検定合格しているように、日本の歴史教科書が極めて自虐的である一方、韓国のそれは余りに反日的だ。野に在った文在寅氏が朴槿恵降ろしをしてまで国定化を防いだことがその証左だ
申氏のいう「是正」は一方的で文中の考察が偏りなく結びに反映されていない。国民が国に誇りを持てるような歴史教科書作りをするのは当たり前のこと。だからといって他国の教科書や歴史認識をこうも悪し様にいえば友誼が結べるはずがない。先ずは教科書と「反日種族主義」を読み比べてはどうか。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。