小泉進次郎環境相でよみがえる民主党政権の悪夢(アーカイブ記事)

池田 信夫

小泉進次郎氏がサーフィンで「処理水は安全だ」とアピールしたことが賞賛されていますが、4年前の自分の言動については撤回と謝罪が必要でしょう。2019年9月14日の記事の再掲。

トリチウムは最初から薄めて流すしかなかった

原田前環境相が議論のきっかけをつくった福島第一原発の「処理水」の問題は、小泉環境相が就任早々に福島県漁連に謝罪して混乱してきた。ここで問題を整理しておこう。放射性物質の処理の原則は、次の3つである:

  1. 核廃棄物から環境に放出しないで保管する
  2. 環境に出る放射性物質はなるべく除去する
  3. 除去できない核種は水質基準以下に薄める

世界の原発では、冷却水は核燃料に直接ふれないので危険な核物質は環境に出ないが、冷却水の中の重水素などに中性子が当たってできるトリチウムは、分離できないので薄めて流している。

福島第一原発でも事故の前はそうしていたので、事故後も同じ処理をすればよかった。デブリにふれたために他の核種も出ているが、それも告示濃度以下に薄め、時間をかけて流すしかなかった。

しかしフランスのアレバなどが「トリチウム以外の放射性物質をゼロにできる」と多核種除去設備(ALPS)を売り込み、オリンピック誘致の大事な時期だった安倍政権は、国の予備費を使ってこれを導入した。

タンク内の水の8割は「二次処理」されていない

ところがALPSは予定通り動かず、2018年8月の公聴会でトリチウム以外の核種もタンクの中に残っていることが問題になった。これはタンク内の濃度管理を説明していなかった東電のミスだった。 処理水ポータルサイトではこう説明している。

汚染水に関する国の「規制基準」は
①タンクに貯蔵する場合の基準、
②環境へ放出する場合の基準
の2つがあります。周辺環境への影響を第一に考え、まずは①の基準を優先し多核種除去設備等による浄化処理を進めてきました。そのため、現在、多核種除去設備等の処理水はそのすべてで①の基準を満たしていますが、②の基準を満たしていないものが8割以上あります。

当社は、多核種除去設備等の処理水の処分にあたり、環境へ放出する場合は、その前の段階でもう一度浄化処理(二次処理)を行うことによって、トリチウム以外の放射性物質の量を可能な限り低減し、②の基準値を満たすようにする方針です。

だからトリチウム以外は二次処理で取り除くことが原則だが、今タンクの中にある程度の量なら、告示濃度以下に薄めて流せば環境に影響はない。原子力規制委員会の更田委員長も、二次処理しないで薄めて流すことを容認しているが、東電はまだ最終的な処理方針を決めていない。

最大の障害は福島県漁連の交渉引き延ばし

小泉氏は「処理水の問題は(環境省の)所管外だ」といったが、実は経産省にも原子力規制委員会にも処理方法の決定権はない。決定の主体は東電である。違法な処理は国が禁じているが、告示濃度以下に薄めたトリチウム放出は合法なので、これは東電の経営責任なのだ。

福島第一原発事故で東電の経営は破綻したので、事故処理については経営を分離して、国が責任を負う体制をつくるべきだった。しかし原子力損害賠償・廃炉等支援機構という形で国が間接的に支援する体制をとったため、事故処理の責任が曖昧になった。

実質的に国有化された東電の経営者が、地元の反対を押し切って処理水の放出を決めることはできないので、国の決定を待っている。それを原子力規制委員会の田中前委員長が「東電には主体性がない」と批判した。

このため福島県漁連が風評被害の補償を求めて粘り、これが最大の障害になっている。彼らに海洋放出の拒否権はないが、事故前の所得の9割を出す休業補償を受けているので、いくら粘っても失うものがない。1800人しかいない組合員のほとんどは高齢化して漁に出ないが、金目当てで交渉を引き延ばしているのだ。

小泉進次郎氏の「最低でも県外」

これを打開するために原田氏が「希釈して海に流すしかない」と発言したのは当然であり、小泉氏が「私も同じ意見だ」といえば、空気は変わった可能性もある。ところが彼は問題の元凶である県漁連に謝罪し、逆方向に舵を切ってしまった。

これは民主党政権で鳩山首相が、沖縄の基地移転について「最低でも県外」と発言し、今に至る大混乱の原因をつくったのに似ている。しかも小泉氏は県漁連に行く予定を正式の日程に入れず、環境省の事務方にも知らせなかったようだ。こんな大臣には、危なくて大事な情報は上げられない。これも民主党政権と同じだ。

小泉純一郎首相は、よくも悪くも古い自民党の意思決定をぶち壊し、日本の政治を変えたが、内閣の方針を超えて「原発ゼロ」をめざす進次郎氏のやり方は、「政治主導」を振り回して自滅した民主党政権への回帰である。