減少する熟練の技能…千葉の大停電、もうひとつの構造問題

酒井 直樹

台風15号に被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。昨日、仕事で千葉県南部を回りましたが、あちこちで建物や機器が倒れたり壊れたりしていて被害の甚大さを見せつけられました。とりわけ、停電は異例とも言えるほど長期間・大規模に渡っています。

上陸7日目の15日午前8時時点でなお約13万戸が停電していて、東京電力パワーグリッドは今日、千葉市緑区や君津市など16日や20日までのおおむね復旧を見込んでいた市町村の一部地区で、さらに計画が大幅に遅れると発表しました。逃げ水のように復旧メドが遠ざかっている現状に、被災者の忍耐もすでに限界にきていると危惧します。

東京電力パワーグリッド社サイトより

このような状況に、ネット上では、情報管理や発信で後手に回るように見える東電を批判する論調がある一方で、復旧現場で東京電力の作業員が額に汗して働き続ける真摯な姿勢に敬服する論調に真っ二つに別れているように見受けられます。いずれも事実でしょう。

また、高度成長期に構築された送配電網の老朽化や、電力自由化で設備更新費用を十分に捻出できていないことが根本要因だとする論調もあります。それらもその通りだと思います。あるいはドローンやAIなどの最先端テクノロジーをもっと導入すべきという主張も飛び出しています。

これらの問題提起は事態が収束した後で、しっかりと検証すべきでしょう。しかし、絶対壊れないように設計する高圧送電線と、壊れることを前提として復旧要員を現場に展開する配電線ではインフラ設計の思想が異なるので、注意が必要でしょう。

東電は持ち合わせない現場工事のスキル

一方で、実はもう一つ重大な問題が、ここまで長引く停電復旧の根本原因が隠されているのではないかと私は思うのです。それは、東京電力のみならず、日本中の問題です。一言で言うと日本人がみんなホワイトな仕事につきたがって、現場がスカスカになっているということです。

私はもはや東電内部の人間ではないので断定はできませんが、折れた電柱を立て直したり、倒れかかってきた樹木や飛来物を撤去したり、寸断された電線を引き直したり、電柱に乗っている変圧器を交換したりしている写真や動画に映る「東電作業員」の多くは「東電社員」ではないと思います。

もちろん東電社員も寝食を忘れて献身的に作業をしているとは思いますが、彼らの多くは電柱の建て替えなどの現場工事のスキルをもはや持ち合わせていないので、その工事を行う協力会社の請負の現場監督や作業スタッフを手配したり企画・管理する役割を担うことが多いと思われます。

昔はこうではありませんでした。戦争直後の昭和20年代に入社した東電社員が、関東各地の各事業所の中核であった昭和40年半ばごろまでは、東電社員が自ら電柱を立て工事をしていました。彼らの多くは、当時金の卵と言われた地方から出てきた中学卒でした。

しかし、高度成長で業務量が飛躍的に増加したこともあり、次第に現場の工事作業の多くをいわゆる協力会社に委託・請負発注をするようになり、昭和55年頃には、社員は工事計画や設計、工事監理に当たるようになっていきました。

その受け皿になったのが職人や技能労働者です。例えば100mを超える高圧送電鉄塔に電線を引くスーパー鳶職がいて、そのスーパーな技能で全国の電力会社の現場を渡り歩いていました。彼らは尊敬され、高い収入を得ていました。又電柱の建て替えを担っていた作業員のかなりの部分は東北地方からの出稼ぎ労働者でした。

彼らは農業と電気工事のスキルを併せ持った熟練の職人でした。彼らは、どこかの会社に雇用される従業員ではなく、プロジェクトごとに集まり、仕事をし、報酬を得て去っていくインディペンデント・コントラクターでした。菅原文太と愛川欽也主演の東映映画トラック野郎や、渥美清主演の松竹映画男はつらいよの大ヒットに象徴されるような、独立自営業者に憧れる時代の空気が昭和50年代には確実にあったのです。

しかし、昭和60年代から平成バブルを迎える頃に、その空気が一変します。「危険・汚い・きつい3K」という言葉が流行し、現業職業を避け、技能労働を軽んじる風潮が生まれます。大学進学率がグングン伸び始め、大学全入時代に至るトレンドとはコインの裏表です。

東京電力パワーグリッド社サイトより

新卒一括採用・終身雇用・年功序列という日本型雇用慣行がこの時期に完成して、「いい大学を出て、いい会社に入ってホワイトな机上仕事に就くことが唯一の人生の勝ちパターン」という物語を1億人が共有したわけです。

しかし、まともに考えれば、一階に技能を必要とする現場作業があって、二階に技術を必要とするホワイト職場があったときに、全員が二階に登ってしまったら社会は回らなくなるのは自明です。

誰も作業しなくなった構造が招く大停電

もはや誰も熟練した技能を尊重したり敬ったりしなくなり、それどころか蔑み、忌避した結果、みんなが管理する側に回って誰も作業する側に回らなくなる。現場の熟練のノウハウが減衰し、工事の品質が落ち、作業が遅れていくという状況がそこかしこに起きていて、この千葉大停電をめぐる異例な状況を招いている構造的な要因になっていると私は思うのです。

さらに深刻なのは、日本の会社システムが崩壊して、会社員になることのメリットが失われていった平成の30年間に、この一億総会社員化がますます進行しているという事実です。

総務省の労働力調査によれば、1950年には雇用者会社員は全体の就業者の1/3にすぎなかった、多くは一次産業従事者や職人だったのですが、バブル期の1990年に70%を突破して、平成不況時もその率がコンスタントに上がり続け、今や就業者6664万人の実に84%、5596万人が雇用者、会社員となっています。

総務省サイトより

しかし、企業にとっては、不況でただでさえ仕事量が減っているわけですから、終身雇用の社員を抱え込むわけにはいかないので、非正規雇用を増やします。この20年全体の労働人口はあまり変わらないので、熟練技能自営労働者層が非正規雇用という会社員予備軍に移ったわけです。

非正規労働者は、雇用も不安定で給与・処遇も低く自身があまり得をしない一方、社会全体にとっても農業や大工や料理職人や鳶職人や電気工事士などのなり手がいなくて、その穴を外国人単純労働者でパッチを充てているというのは誰も得をしないわけです。

熟練技能者「独立」の道をつくる

これからは経済のデジタル化やIoT時代を迎えて、例えば自動運転車のMAASだとかテクノロジーがインフラ事業に適用されて行くことになりますが、その一階のインフラ基盤を支える技能がスカスカだと、二階にどんなに素晴らしい技術を走らせても何の意味もありません。

この歪な構造を直すのには一つしか道はありません。それは、プロジェクトを渡り歩く熟練技能インディペンデント・コントラクター(独立業務請負人)の方が、相対的に非正規会社従業員よりも割に合うようにすることです。

そういったキャリア形成のフローを見える化して、キャッシュフローを政策面で例えば社会保険制度のスペック変更で保証して、会社にしがみつくより、職人になった方が美味しいと思わせることです。

昨日千葉に行ったのは、自ら独立して農場と太陽光発電所を経営して、自ら農作業をして、若者を呼び込むことを実践されている、千葉大学大学院の博士号を取った若き経営者と話をするためでした。

都会で満員電車に揺られて安い給料で遅くまで働くくらいなら、いい空気を吸って、気の合う仲間と働いて、時々電車で1時間の東京に出て暮らすというワークスタイルの方が、金銭的にもペイする状況がすでに生まれています。

あるいは、スーパー鳶職人や地域の電力システムを支える電気工事士や電気自動車を修理する整備工は今超絶に人手不足なので、下手な会計士の資格を取るくらいなら、よほど儲かります。テクノロジーは、それを極めた会社が利益を総取りして、ホワイトカラーはその多くの仕事をロボットやAIに置き換えられます。

しかし熟練技能セルフ・コントラクターは、いつの時代も絶対になくなりません。これからは技術より技能の方がご飯が食べられるトレンドとなっていくように思います。

株式会社電力シェアリング代表 酒井直樹
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