ゲノム編集食物と遺伝子操作食物:何が違うの?

中村 祐輔

ゲノム編集食物(農産物や魚類)に関する報道があった。血圧を下げるトマト、肉厚の鯛などが取り上げられていた。「ゲノム編集」と目新しい言葉を使っているが基本的には「遺伝子操作」の一種に過ぎない。不思議なことに、遺伝子操作食物では激しい反対論があったが、ゲノム編集食物はあまり抵抗もなくスーパーマーケットに並んでいるようだ。

ゲノム編集された血圧上昇を抑えるトマト(内閣府ツイッターより:編集部)

私は国際的な食糧事情を考慮すれば、遺伝子操作であれ、ゲノム編集であれ、食料を確保する観点で、そして、健康寿命を延ばす目的でも、機能性食物の生産や効率的な食糧生産体制は、国として取り組むことが必要だと思っている。

しかし、日本では冷静な科学的議論の前に、情緒論が先行し、「反対」派は耳を傾けようとしない。そして、推進派は、巧みに言葉を換えて進めているような気がする。情緒論に負けてしまったのが、子宮頸がんワクチンである。これは、近い将来、「子宮頸がんが減らない日本」として跳ね返り、また、不毛な責任論が展開されるだろう。

憲法の議論でも同じだ。「安倍内閣では改憲はさせない」というのは、あまりにも子供じみた発想であり、国会議員として不見識だと思う。憲法を変えるかどうかは、国民が持っている権利である。

国会議員は国民を代表しているのだから、「○○内閣」だから議論したくないと言うのは、国民に対する責任を放棄していることになる。内閣が提出した改憲案が、最終的に、国民投票で否決されれば、内閣は責任を取らざるを得ないのだから、好き嫌いではなく、法律論として議論して欲しいものだ。

それと同じで、科学的な課題に対しては、科学的な議論が不可欠である。コラーゲンをたくさん含んだ食事を取ると、お肌がプリプリになるなど、全く非科学的な話だが、そうでないのがこの国だ。われわれは、異種生物のタンパク質をそのまま消化管から取り込んでいるわけではない。

アミノ酸配列が異なっていれば、われわれにとっては異種生物のタンパク質は非自己となり、免疫反応が引き起こされる。たとえ、同じ人間であっても、骨髄移植などで拒絶反応を引き起こすのは、個人間の多様性によって、他人のタンパク質が異物(非自己)と判断されるからだ。

したがって、炭水化物はブドウ糖などに、タンパク質(肉でも魚でも)はアミノ酸に、脂質も脂肪酸などの最小単位に分解され、消化管から吸収する仕組みを作り上げている。いろいろな遺伝子操作・ゲノム編集をした食品を摂取しても、最終的には分解されて吸収されるので、分解されないような毒性物質を作り出していない限り、科学的には遺伝子操作をした食物を食べて、どこに問題があるのか、私には理解できない。

テレビでは肉厚の鯛が紹介されていたが、エサが少なくて肉厚になるなら、食糧生産の観点からは望ましいことだと思う。私がユタ大学に在籍していた1980年代後半に、ベルギーの研究者が、「Double Muscle Cow」の遺伝子を見つけるために留学してきて、同じ部屋で研究していた。

同じエサを与えているにも関わらず、筋肉がたくさん付く(Double Muscle)牛がいて、その遺伝的背景を見つけるためだ。同じエサの量で、肉が倍できるなら、家畜の飼料を輸入に頼っているベルギーでは、このような牛を選別することができれば、家畜飼料の輸入を減らすことができるからだ。

このケースでは、自然界に存在している遺伝子を見つけて、国の食料対策に応用する目的であったが、それを人工的にすることが、国益に適うならば、科学的な冷静な検証のもとに進めていいと思う。

豚コレラに関しても、まずは、感染を食い止めるための方策をすべきだと思うが、後手後手に回っているような気がしてならない。科学に立脚した議論ができる環境が必要だし、科学的リテラシーを身に着けるための教育体制の見直しも必要だ。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年9月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。