混乱する軽減税率と新聞の歯切れの悪さ

中村 仁

高所得層ほど得する矛盾

消費税の税率が1日、10%に上がりました。混乱を招いている軽減税率(8%)の導入は、公明党と新聞業界が固執し、安倍政権を動かしたからです。ですから、軽減税率に関する報道は、流通現場の混乱、消費者の戸惑いがもっぱらで、本当に軽減税率が国民のためになるのかという問題提起がありません。

NHKニュースウェブより:編集部

本体価格に掛ける税率10%は区切りのいい数字ですから、税負担額がすぐ分かる。難しいのは軽減税率の8%は、実質的ベースでみた場合、負担が軽いか、重いかです。高所得層も軽減税率で多額の買いものができるため、税の軽減額も多く、低所得層より相対的に得する計算になります。

低所得層の税負担軽も軽くなるようには、みえる。そう見えているだけです。喜んではいけません。実質ベースではどうか。総務省によると、所得が下位20%の世帯の消費月額は14万円、それに対し年収2000万円の人の消費は何倍もあるでしょうから、軽減される税額も当然、多いのです。

消費税の逆進性(所得が少ないほど税負担が重くなる)は、軽減税率で緩和されるどころか、むしろ高まるというのが常識な税理論です。軽減税率は低所得者対策になるというのは、見かけだけの、いわばフェイク(うそ)です。政権も政府も、有権者に本当の問題点を教えない。

そのことを分析するのがメディア、特に新聞の役割です。新聞は強力な運動が実って、安倍政権を動かし、軽減税率の対象にしてもらいました。この軽減税率の逆進性を問題にすれば、軽減税率は導入すべきではないという結論になります。それでは新聞は困る。

朝日新聞のおかしな社説

安倍政権に厳しい批判を続ける朝日社説は何を書いているか。見出しは「5年半ぶり消費増税/支え合う社会の将来像を描け」(1日)。「消費税は所得の低い人の負担感が大きい税でもある。今回、食品と定期購読の新聞の税率を8%のままにする軽減税率が初めて入ったのも、そのことへの配慮という面がある」。本当かなあ。新聞が低所得者対策だなんて、初めて聞いた。

朝日新聞東京本社(編集部撮影)

日本新聞協会は「報道・言論により民主主義を支える新聞の役割が認められた」との見解を発表しました。「民主主義を支える」「しっかりした取材に基づく新聞の正確な記事と責任ある論評」「知識に課税しない」が新聞業界の主張だった。朝日新聞は低所得者対策にすり変えた社論です。朝日は慰安婦、原発問題で記事のねつ造で叩かれたから「正確な記事の担い手」と、自称できないのですかね。

毎日新聞はどうでしょうか。見出しは「消費税が10%に/納得できる国の将来像を」です。「課題は低所得者ほど負担が重くなる逆進性。今回、食料品などは8%に据え置く軽減税率が導入される。消費税の重要性が増す中、軽減税率の果たす役割は大きい」」。新聞が軽減税率の対象になっていることには、全く触れていません。軽減税率では新聞を救えないことを知っているからでしょうか。

民主主義を支えない新聞も

安倍政権に大きな影響力を行使したとみられる読売新聞は、「社会保障を支える重要な財源だ/軽減税率を円滑に浸透させたい」が見出しです。「新聞は欧州などで軽減税率の対象になっている。民主主義や活字文化を支える公共財だとの認識が定着しているからだ」と、指摘します。

いづれの新聞も軽減税率が「実は消費税の逆進性を高めてしまう。金持ちほど優遇される」という基本的な問題を提起していない。新聞協会の見解である「知識に課税しない」が導入の理由なら書籍、雑誌、さらにNHKなどの電波系が提供する知識が対象外なのはなぜか。触れていません。

新聞業界は欧州などに調査団を派遣し、報告書を出してきました。問題意識がなかったのか、無視したのか、「軽減税率を導入すると、線引きが複雑になる。軽減税率は避けるべきだったとの反省がある」「軽減税率に税収の落ち込みをカバーするため、標準税率が高くなる」「新規に消費税を導入する国には、単一税率制をとっている国が多い」など、都合の悪い指摘はお目にかかれません。

消費税が8%(14年)に引き上げられた際に、販売部数の減少など、新聞業界はどのような影響が起きたのかの、報告書もお目にかかれません。新聞が軽減税率の対象になっている国では、健全な民主主義が浸透しているのか、軽減税率で新聞を救えるのか、ネット化社会と民主主義の関係はどうなっているのか。こうした問題を真剣に考えていかないと、紙媒体の将来は危ういというのが私の結論です。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2019年10月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。