ペンス副大統領の中国批判演説、1年経ってどう変わった?

ペンス米副大統領は24日、天安門事件30周年の6月4日にする予定だった演説を行った。これは米中首脳会談が6月末のG20で行われるため延期していたもの。昨年10月4日にも彼はハドソン研究センターで痛烈な中国批判演説を行ったが、本稿では1年を経た両演説の中身を見比べてみたい。

昨年の演説「中国は米国の民主主義に介入している」の日本語訳は海外ニュース翻訳情報局のサイトで読める。大雑把に要約すればこうなろう(以下、太字は筆者)。

  • ソ連崩壊後、中国が自由化するとの楽観主義で米国経済にアクセスさせWTOにも加盟させた。政治的にも、個人や宗教の自由、私有財産、全家族に関する人権を尊重する形で拡大すると期待してこの選択をしたが達成されなかった
  • 中国共産党による、関税、通貨操作、技術の強制移転、知的財産窃盗や補助金など不公正な貿易政策の結果、昨年の米国の対中貿易赤字は3,750億ドルと全貿易赤字の半分。同党は最先端の軍事計画を含む米国の民間技術の大規模な窃盗の黒幕で、盗んだ技術を軍事技術に転用している。
  • 中国はここ数年国民の統制と抑圧に向け急激に転換し、比類ない監視国家を築いている
  • 中国は借金漬け外交を利用してし、自己の戦略目標への対応を約束する政党や候補者を直接的に支援して外国の政治に影響を与えている
  • 中国共産党は、米国企業、映画会社、大学、シンクタンク、学者、ジャーナリスト、地方、州、連邦当局者に見返りを与えて支配している。
  • 中国共産党は中南米3カ国の台湾との関係を断ち切り、中国の承認を説得している。台湾海峡の安定を脅かすので米国は非難する。米国による台湾の民主主義への支持は全中国人にとってより良い道であると信じる。
  • 米国歴代政権は中国の行動を無視して、中国に有利に導いてきたがそうした日々は終わる。大統領のリーダーシップの下、米国は新たな国力で我が国の利益を守る。中国との関係が公平、相互、そして主権の尊重が基礎となるまで我々は態度を弱めない

次に24日の演説。ソースは演説を行ったウィルソンセンターのサイト「米国と中国の関係の将来について」およびVOAの「ペンス副大統領、中国演説でナイキとNBAを標的に」なる記事によった。これも概略を要約する。

  • 自由を愛する人々の価値を維持するため我々も信教の自由を抑圧する中国共産党に喧嘩を挑む。数百万の少数民族らはその宗教的・文化的アイデンティティを根絶する中国共産党と戦っている。経済面でも、中国の指導者を尊重しつつ、我々は中国のためにより良いものを望んでいるが、ハドソン演説以来、北京は経済関係を改善するための行動をまだ取っていない
  • 米国は台湾と地域全体の平和を守る。台湾の民主主義容認が全ての中国人にとりより良い道と信じる。
  • 香港は中国が自由を受け入れた時に起こり得ることの生きた事例。北京は香港への介入を増やし、拘束力のある国際協定で保証された権利と自由を抑圧する行動をしてきた
  • 大統領は「米国は自由のために戦う」と述べた。米国が平和的にしておくよう強く命じて(urge)いる香港当局が、もし抗議者に暴力的に対応した場合、北京とワシントン間で保留中の貿易協定締結がより困難になるだろうと警告する
  • 米国は約束を守って香港の人々を尊重するように中国に抑制的に促し続ける。この数ヶ月、権利を守るために平和的に抗議してきた香港の何百万人の皆さんは我々と共にいる。暴力的でない抗議の道に留まることを勧める
  • 我々は中国の発展を封じ込めようとしていない。中国指導者との建設的な関係を望んでいる。中国が長い間米国を利用してきた貿易慣行を終わらせるなら、大統領は新しい未来を始める用意がある。中国は米国の自由を愛する人々の回復力や米国大統領の決意を過小評価してはならない

「Urge」という極めて強い単語を用いた件は、10月半ばに下院を通過した上院共和党マルコ・ルビオらの超党派議員の提案による「香港人権・民主主義法案」を指す。法案成立を期して雨傘運動のリーダーの一人黄之鋒氏らが9月半ばに渡米し米議会の公聴会で証言した(参照拙稿「対中国の米国国内法:「内政干渉」はすべからく国際法に違反するか」)。

Michael Vadon / flickr

法案は、香港当局が法の支配と人権を尊重しているか毎年検証するよう米国務省に義務付け、否なら貿易優遇措置の中止を定めている。自治権や人権の侵害がある時は責任者を特定し制裁するよう大統領に求めるという中国に厳しい内容だ。逃亡犯条例改正案撤回にはこの法案が大きく影響していよう。

要約からは省いたが、演説はフェンタニルなど中毒性の高い医療用鎮痛剤の流入にも言及する。トランプもツイッターで「友人の習近平国家主席が、中国から米国への販売をやめさせると言ったのに、実現しなかった。お陰で大勢の米国人が死に続けている!」などと一度ならず警告している。

中国が独裁国家に輸出している監視技術への批判も手厳しい。これはこの10月初めに米国が禁輸対象にしたハイクビジョンやダーファ、センスタムなど中国企業8社の、中国に2億台あり、上位2社で世界シェアの3割を占めるといわれる監視カメラや顔認証システムなどの件だ。

米商務省が禁輸にした理由を演説は、これらの企業・団体が新疆ウイグル自治区のイスラム教徒少数派に対する人権侵害に関与し、ウイグル族やカザフ族、他のイスラム教徒少数派グループに対する抑圧や恣意的な大量拘束、ハイテクを使った監視といった人権侵害に関わったからだとした。

中国の監視カメラが2020年には6億台になる見通しとBBCは報じた。とはいえ筆者は、犯罪の抑制や犯人逮捕に効果があるので監視カメラ自体に罪はないと思う。むしろ一党独裁国家が民主主義を蔑ろにして、為政者と一握りの側近の保身や体制維持のためにそれを悪用することにこそ大罪がある

核開発する北朝鮮の国連制裁に対しても、大国が既に核を保有しているではないかとの論がある。が、これも中国の監視カメラと似て、一党独裁の金王朝が数百万の餓えた民を等閑にし、王朝の保身のために大金を開発につぎ込み、核使用にもシビリアンコントロールが働かないからこその制裁なのだ。

米国商業界に対する批判部分はVOA記事に詳しいので以下にまとめる。拙稿「世界のトラブルメーカー中国の面目躍如? NBAとの騒動の顛末」に書いたNBA騒動やそこから派生したナイキ問題は、この6月以降に付け加えたのだろう。折良く格好の中国批判のネタが出来した。

  • 多くの米多国籍企業が、中国共産党批判のみならず米国の価値観の肯定的な表明さえ封じて、中国の金と市場のおとりに叩頭している。人権侵害を無視する企業文化は進歩的ではなく抑圧的だ。
  • 中国店舗の棚からヒューストンロケッツのグッズを撤去したナイキは、社会正義の王者の地位を確立しているが、香港に関しては扉の前で社会的良心を妨害することを好む。
  • 米国を批判する自由を常々行使するNBAのトップ選手とオーナーの何人かは、他人の自由と権利のことになると声を上げない。中国共産党に寄り添い、言論の自由に黙することで、NBAは独裁主義体制の子会社のような役目を務めている。
  • 中国は特にエンターテインメント業界で、企業の欲望を利用して米国会社を強要し、検閲を輸出しようと試みている。ハリウッドのスタジオは、中国をなだめるためにコンテンツを編集し、中国の流通チャネルを失うのを避けている。

こうしてみると、昨年の演説が不公正貿易に伴う大幅赤字やその理由たる知財盗取や補助金などの非難に重きが置かれているのに比べ、本年の演説は、香港問題や直前に出来したNBA騒動などの影響もあって、明らかに中国の人権侵害問題に軸足を置いていると判る。

いま世界で起こっている騒動の大半が中国共産党一党独裁体制に起因するといって過言でなかろう。一帯一路での借金漬けも、膨大な監視カメラによる少数民族らの人権侵害も、台湾人や香港人の憂鬱も、CO2排出や海洋を汚染するプラゴミも、全ての原因がそこにある。

ペンス演説はそれを明らかにして余りある。おぞましいその体制の一日も早い崩壊を願って已まない。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。