財政政策と金融政策の協調が必要だ

池田 信夫

日銀サイトより

日銀の黒田総裁が記者会見で「政府が財政政策をさらに活用するなら、財政あるいは金融政策を単独で実施するよりも(政策)効果は高まる」と語った。これまで日銀が財政政策に口出しすることはタブーだったが、彼もようやく財政政策と金融政策の協調に向けて踏み出したようだ。

黒田総裁はこれを「財政ファイナンス」と呼ばれるのをきらって「ポリシーミックス」と表現しているが、いま世界的に議論されているのは、昔のケインズ的なポリシーミックスとは似て非なるものだ。

昔の考え方は財政・金融政策を組み合わせて完全雇用と物価安定を実現する総需要管理政策だったが、財政支出は政治的なバイアスが強く非効率なので、総需要の調節は金融政策で行うのが1990年代以降の常識になった。

しかし2010年代以降は先進国が「流動性の罠」に陥り、金融政策がきかなくなった。その原因は貯蓄過剰で金利が低下し、マイナス金利(長期金利<名目成長率)になったためだ。このような状況では、ブランシャールのいうように財政赤字を拡大して貯蓄を吸収する余地がある。

ただ財政赤字に歯止めがなくなると、投資家が政府債務の持続可能性に不安をもち、国債が暴落して金融危機が起こるリスクがある。その歯止めとして中央銀行を活用しようというのが、スタンリー・フィッシャーの提案である。

これは中央銀行が(インフレ目標と整合的な)一定の枠内で「緊急財政支出」(SEFF)を認めるものだ。財政赤字が増えると長期金利が上がるが、中銀が長期国債の買い入れを増やしてイールドカーブをフラットにする。財政支出がSEFFの上限を超えてインフレになったら、長期国債の買い入れをやめる。

これは短期金利を操作する伝統的な金融政策ではなく、中央銀行が財政赤字を穴埋めするという意味では黒田総裁の否定する財政ファイナンスだが、それ自体は問題ではない(法的にも禁じられていない)。既発債をマイナス金利で借り換えると政府債務は実質的に減るので、将来世代の負担も減る。

重要なのは中央銀行の独立性を守ることだ。中銀が政府に従属すると財政支出に歯止めがなくなり、インフレになっても止められない。それを防ぐしくみが必要だが、ロゴフの提案する独立財政委員会のような制度は政治的に不可能だ。こういう問題を避けるために、中央銀行にSEFFの上限を決める権限を与え、インフレのコントロールは金融政策で行うのがフィッシャーの提案のポイントである。

かつてのポリシーミックスでは、緊縮財政と金融緩和の組み合わせが望ましいとされたが、ここではマイナス金利が続く限り積極財政と金融緩和を組み合わせる。これは今までの常識ではかなり危険な「非伝統的な財政政策」だが、流動性の罠を脱却するまでの短期の政策としてはありうるのではないか。