映画「夕陽のあと」公開へ:映画館もない町の人たちが全面協力 --- 小楠 雄士

寄稿

鹿児島県最北端に位置する長島町。あす8日公開の映画「夕陽のあと」は、長島を舞台にしている。私は県外からここに移住し、2018年2月に地域おこし協力隊制度で着任し、町側のプロデューサーとして実行委員会と一体となり、映画制作を進めてきた。

アゴラでは、元副町長の井上貴至さんのブログが掲載されているので、長島町のことをご存知の読者もおられるかもしれないが、映画の話に入る前に、あらためてこの町について少し触れてみたい。

長島町は、養殖に適した海流の中で育てられたブリ、鯛、シマアジ、サバ、ワカメ、あわび、緋扇貝など海産物はバラエティに富み、冬から春にかけてはミネラル、鉄分が含まれた赤土で育ったじゃがいもが収穫期を迎える。

また、温州みかん発祥の地であり、不知火(デコポン)といった果実の栽培であったり、牛、鶏、豚の畜産業を営まれている方も多い、一次生産の盛んな島だ。

加えて長島には誇るべきもうひとつの自慢がある。2.06人(2016年調べ)と全国クラスの出生率の高さである。高校生まで医療費免除や、進学後に長島町にUターンし勤める場合に奨学金全額免除となる「ぶり奨学金」といった自治体のサポートも手厚い。

ただ、個人的には、地域の繋がりがやはり代えがたい資産であり、出生率の高さたる所以ではないかと感じる。

長島町では50以上の集落が存在し、集い方は多岐にわたる。集落対抗のバレーボール大会、運動会といった近所の先輩後輩とスポーツを通じて交流を深める機会や、毎年8月8日におこなわれる伝統的な祭り”御八日踊り”では地区ごとに町内の様々な場所で踊りを披露している。祭りの前には夜な夜な練習する音色が町中に鳴り響き、隣近所の先輩が師匠となり、集落の子どもたちに踊りを継承している。この地域で育ってきた大人が見本となって、若い人たちへと地域の暮らし方を受け継いでいるのだなと感じる。

そんな地域の繋がりが強い、子育ての島である長島を舞台に映画が制作されることになった。

2017年、前述の井上さんが当時の副町長だったときに旗振り役となり、長島の美しい景観と力強い産業や人の魅力を伝えながら、長島で暮らす人々が自分の暮らす場所の魅力を再認識し、シビックプライドを高めていく作品を作っていくために映画制作プロジェクトが立ち上がった。

監督、脚本家、東京と長島それぞれのプロデューサーによるロケハンを繰り返しおこない、長島を舞台に描かれる”子育て”の物語が骨子となっていった。

物語のプロットが出来上がると、町民の有志による長島大陸映画実行委員会が発足された。長島の基幹産業である養殖ブリや魚介類を世界各地へと出荷する東町漁業協同組合の組合長である長元信男さんが実行委員長となり、農業、建設業、商工会と町内の事業を営む人たちが結集した。長島町役場も実行委員会をバックアップした。まさに官民一体、オール長島によって進められてきたプロジェクトだ。

長島には映画館も無いし、レンタルショップも無い。台本も出演者も決まっていない段階から、協賛金を募ったり、広報活動を様々な場所に移動しながらおこなってきた。初めての試みとなる映画制作を町民の方に受け入れてもらうプロセスは一筋縄ではいかなかった。

ただ、定期的に発信を繰り返していくと少しずつ身近に町の人たちの輪が出来上がっていく実感が湧いてきた。

手探りのなか町内でおこなわれたオーディションには100名以上もの方達が集まった。その中から物語の鍵を握る子役が決まった。演技経験が無い地元で育った小学生・松原豊和(とわ)。周りの期待に押し潰され泣き出してしまう瞬間もあったが、彼は何度も立ち上がり演技に挑戦する。その姿を固唾を吞んで見守る大人たちは、なんとしてでも素晴らしい映画にしようという勇気をもらった。

出演者が決まり、子育ての島で描かれた子育ての物語「夕陽のあと」は、家族の繋がりを問いかけ、生きていくこととはなんたるかを一人一人に突きつける作品となった。

〔あらすじ〕

豊かな自然に囲まれた鹿児島県長島町。一年前に島にやってきた茜は、食堂でテキパキと働きながら、地域の子どもたちの成長を見守り続けている。一方、夫とともに島の名産物であるブリの養殖業を営む五月は、赤ん坊の頃から育ててきた7歳の里子・豊和(とわ)との特別養子縁組申請を控え、“本当の母親”になれる期待に胸を膨らませていた。そんな中、行方不明だった豊和の生みの親の所在が判明し、その背後に東京のネットカフェで起きた乳児置き去り事件が浮かび上がる……。

7年前に何があったのか? “生みの親”と“育ての親”がそれぞれ体験する、子どもと離れる辛さと、お母さんと呼ばれる歓び。彼女たちはそれらを分かち合うことはできるのか? そして、島の子としてすくすくと育った豊和の未来は 。家族のあり方が多様化する時代に、改めて親子の絆を問いかける骨太なヒューマンドラマが完成した。

長島町内で90%以上おこなわれた撮影でありながら、女性の貧困、ネグレクト、特別養子縁組、不妊治療といった子育てと切り離すことができない問題へと長島町が真っ向から向き合った作品が完成した。個人的に考える良い映画のバロメーターは、作品が終わったあとに登場人物たちは一体どんな生活をしていくのだろうか、と思いを馳せる作品だと思っている。

そういった作品になっていて、完成した「夕陽のあと」を初めて見たときに涙した。試写会に来場したある映画ライターの方が「ローカルで作られたが、テーマはグローバルだ」と評価してくださったときに、普遍的な作品になっている手応えを感じた。

最後に、制作の背景にまつわる一つのエピソードに触れさせていただきたい。私の着任当初、映画をあらゆる形で後押ししてきた長島町長の川添健さんに掛けられた言葉が忘れられない。

「自由にやってください。」

東京からやってきた外様である自分に長島初めての映画が託された。当然自分自身、並並ならぬ思いで東京の生活から長島の生活へと飛び込んだ。おかげで、長島に一生語り継がれる作品を作ってやる、とギアが入った。町長のメッセージは鼓舞してくれていたことなんだなと、後になってから理解した。地域が”金も出すが口も出す”ご当地映画を散々見てきたが、「夕陽のあと」だけは絶対にそういう作品にしてはいけないと思い、制作に打ち込むことができた。

地域が主導となって取り組んだ映画の進化形として自信をもって推薦したい。

小楠 雄士 (おぐす  ゆうじ) 「夕陽のあと」長島町プロデューサー
1985年東京生まれ。大学卒業後、楽天に入社し、パッケージメディアのEC販促などを担当。2017年幻冬舎に入社し、NewsPicksアカデミアの立ち上げなどを担当。2018年、地方でのコンテンツ制作を志して退社し、長島町を舞台にした映画「夕陽のあと」プロデューサーとして長島町地域おこし協力隊に着任。映画制作の準備段階から台本制作や、完成後の宣伝などを仕掛けてきた。

『夕陽のあと』
11月8日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー!

監督:越川道夫(『海辺の生と死』)
出演:貫地谷しほり 山田真歩/永井大 川口覚 松原豊和/木内みどり
脚本:嶋田うれ葉 音楽:宇波拓 企画・原案:舩橋淳 プロデューサー:橋本佳子 長島町プロデュース:小楠雄士 撮影監督:戸田義久 同時録音:森英司 音響:菊池信之 編集:菊井貴繁 助監督:近藤有希
製作:長島大陸映画実行委員会 制作:ドキュメンタリージャパン 配給:コピアポア・フィルム
2019年|日本|133分|カラー|ビスタサイズ|5.1ch
公式URL:yuhinoato.com
©2019長島大陸映画実行委員会