在オーストリア日本国大使館、35日目の「改心」劇

長谷川 良

キリスト教史では異教徒がキリスト教に回心する実例は数多くがある。新約聖書の世界ではユダヤ教徒だったサウルがダマスコへの途上で復活したイエスに出会い、イエスの弟子に回心する話は有名だ。サウルはその直後、パウロと改名し、イエスの福音を伝播していった。キリスト教神学はパウロ神学と呼ばれるほど、回心したパウロの影響は大きい(新約聖書「使徒行伝」9章)。

ウィーンのMQで開催中の展示会「Japan Unlimited」のポスター(2019年11月6日、撮影)

最近では、チェコスロバキア共産政権時代の独裁者グスタフ・フサークが死の直前、1991年11月、ブラチスラバ病院の集中治療室のベッドに横たわっていた時、同国カトリック教会の司教によって懺悔と終油の秘跡を受け、キリスト者として回心した話は、国民に大きな衝撃を与えた。また、キューバの独裁者、フィデル・カストロ(1926~2016年)も死の直前にローマ・カトリック教会の聖職者から病者の塗油(終油の秘蹟)を受けていたという(「フィデル・カストロの回心」2017年4月2日参考)。その意味で回心劇は少なくない。

前口上が長くなったが、今回は宗教的な回心ではなく、政治的“改心”ともいうべき話だ。ウィーンのミュージアム・クオーター(MQ)で9月26日から「Japan Unlimited」(仮題・日本、無制限な世界、空間)と呼ばれる芸術展が開催中だ。展示会の話は掲載済みだから、読んでいただきたい。同展示会は日本とオーストリアの外交関係150年を祝賀する記念イベントの一環として開催され、今月24日までオープンされるが、10月30日、同展示会を記念行事に認定してきた駐オーストリア日本大使館がその認定取り消しを通告した、という話だ。

MQ関係者から入手した日本大使館からの通達文(日付2019年10月30日)を少し紹介する。

「Japan Unlimitedという展示会を日本・オーストリア外交150周年の記念行事に認定する要請書が今年1月22日届いた。審査の結果、1月28日、同展示会を記念行事に認定することを確認した。その後、再度の審査では、同展示会が日本とオーストリアの両国関係を深め、促進するという記念行事の本来の基準には合致していない、という判断を下さざるを得なくなった。そこで日本大使館としては同展示会を公式行事の認定から外すことを決めた」

問題は、9月26日の展示会オープン式で日本大使館から公使、文化担当外交官が参加していたことだ。同展示会の総責任者マルセロ・ファラべゴリ氏(Marcello Farabegoli)によると、「彼らは展示会の開催を歓迎していた」という。そして日本側から当時、批判は聞いたことがなかったと証言しているのだ。

それが10月30日、急展開し、「展示会は日本のとオーストリアの友好関係促進という目的に合致していない」として、ロゴの使用などを中断するということになったわけだ。すなわち、日本大使館の姿勢が「歓迎」から「認定撤回」まで180度、展示会に対する評価が変わったわけだ。もちろん、「回心」ではないが、「改心」に当てはまるだろう。

公式行事の認定から外す決定は正しいが、それではなぜ展示会開催前にウィーン芸術展で展示される展示作品が徹底的な左翼思想に基づいたものであることを理解できなかったかという問題だ。当方は芸術の世界には余り造詣がないが、展示会に入った瞬間、展示作品が極端な左翼イデオロギーを土台としたものだと分かった。日本大使館の公使、文化担当外交官がそれを感じなかったとすればそれこそ驚きだ。

もし感じたとすれば、日本とオーストリア両国関係150周年の記念イベントにそのような展示会を公式行事に認定する必要があったのか。それとも展示会の作品を全く観賞しなかったのだろうか。展示会初日の「歓迎」は何を意味したのだろうか、等々、多くの疑問が湧いてくる。

展示会を訪問した日本人などから厳しい批判がツイートされたと聞く。そこで日本大使館側は重たい腰を上げて展示会の作品をもう一度見た結果、「これはやばい。日本とオーストリア両国関係を促進する展示会ではない」と“改心”した、というのが実情かもしれない。もちろん、同じような批判にさらされた愛知トリエンナーレの影響もあって、日本外務省はウィーンの日本大使館に展示会の認定取り消しを要求したのだろう。

「回心」で遅すぎるということはない。「改心」でも同じだ。その意味で、展示会がそろそろ終わろうとしていた“35日目の改心”とはいえ、改心せずにほっかむりするよりいいだろう。芸術展の支援の場合、やはり、その内容を慎重にチェックすべきだ。そうすれば反日をプロパガンダする展示会を日本大使館が支援するといった考えられないミスを犯すことはないだろう。

なお、ファラべゴリ氏から9日朝(現地時間)、電話が入った。彼は「展示会には日本側からの財政支援は全くなく、ただロゴの使用だけだ。展示会が大使館から財政支援を受けていた、といったメディア報道がある。誤解しないでほしい」というものだった。当方は「分かっています。ブログの中でも財政支援云々は一行も書いていません」と説明すると、少し安心したように、「記事はあなた自身の考えを書いただけで、それは尊敬する。いずれにしても、展示会で今回のように多くの反響があったの初めてだ」という。

反日プロパガンダの手先に利用された感がするファラべゴリ氏は最後に、「オーストリアやドイツなど欧州のメディアで報道されることを期待していたが、日本メディアの過剰な反応には正直驚いた」と言って、電話を切った。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年11月10日の記事に一部加筆。