GSOMIA失効回避。失効6時間前の決定だった。まずは、米韓同盟が棄損されることが回避されて良かった。中国やロシアに日米韓安保協力破綻しているという誤ったメッセージをギリギリのところで与えずに済んだ。(とはいえ、韓国が一番のウィークリンクであることは既に明らかになってしまったという意味では、一定のdamage is doneではある。)
GSOMIAは日米韓安保協力の象徴であるが、米国がエスパー国防長官が文在寅大統領に直接会ってまで韓国に維持を迫ったように、日韓関係とか日米韓安保協力以上に、もはや米韓同盟の問題になっていたと言ってよい
もし韓国が米国の必死の制止を振り切ってGSOMIAを失効させていたら、米国からの激烈な反応を招いたことは必至であり、前年度の5倍を吹っ掛けられている在韓米軍駐留経費交渉で米国はより厳しい立場で迫ってくることとなったであろうし、交渉が進展しない場合には、在韓米軍の一部撤収もあり得たと思う。もともと在韓米軍については戦略的意義よりも金がかかりすぎることに懐疑的なトランプ大統領である。
そのような事態となった場合、周辺国、特に中国や北朝鮮がその事態をどのように見るか、韓国は日本にとっては、中国ロシア北朝鮮といった安全保障上の脅威であったり不透明感のある国との間の防波堤なのだ。だから、韓国が日米側陣営に属していること自体に日本にとって戦略的意義がある。
今回の措置についての評価
さて、今回の失効直前の回避は、水面下で日韓政府が打開策を図ってきた結果である。特に、米国が韓国に対し強力な圧力をかけたことによる。日本に対しても何とかするように打診はしたと思うが韓国比べれば大したことはなかっただろう。なぜなら、GSOMIA破棄は韓国自身にとっての自傷行為であり、日本の輸出管理運用見直しとのリンクは、米国には全く響かなかった(米国の理解は得られなかった)と思うからだ。
打開策の内容は以下のとおり。
① 韓国は、いつでも失効可能との前提付きだが、GSOMIAの終了通告を停止。
② 韓国は、日本の輸出管理運用見直しのWTO提訴プロセスを停止。
③ 日本は、韓国のWTO提訴プロセスの中止を受け、輸出管理を巡る局長級会合に応じる。
(対韓輸出運用管理方針を維持)
率直に言って、日本にとっては良い内容だと思う。韓国も米国の本気度にようやく気付きGSOMIA失効回避の面子の立つ名分を探していたところ、それを日本が局長級協議に応じるという形で与えてやったということであるが、それは、日本にとって悪い話ではない。
輸出管理とは関係のない貿易機関であるWTOから本件を引き離し、輸出管理体制の改善を輸出管理当局間で韓国に迫ることができるからだ。もともと、このブログでも何度か書いてきたが、日本が運用見直しをしたのは、韓国の輸出管理体制が不十分であること、日韓の輸出管理当局間の信頼関係が壊れていることが原因なのであり、これらの点が改善されれば日本としてその改善に応じた対応を取ることはやぶさかではないわけだから。
当該協議の中で、韓国の輸出管理についての信頼感を得ることができなければ、日本が措置を変えることはできないだろうが、韓国はそれなりの対応をするのではないか。なぜなら、日本の対応を変えたいのは韓国の方だからだ。そして、輸出管理体制の重要性は米国は理解している。
「いつでも失効可能との前提付き」というのは、実際問題は韓国国内向けの面子を立てるための文言で実行可能ではないだろう。日本との輸出管理の協議が思い通りに進展しなかったとしても、上記のとおりGSOMIA破棄それそのものが米韓同盟に対する挑戦なのだから、韓国が日本のせいにして廃棄するのは簡単ではない。今回、破棄できなかった状況が変わるわけではない。
駐留経費交渉
むしろ、韓国がGSOMIA破棄をすることになるのは、米国の駐留経費交渉で米国が余りにも酷い対応をするなど(実際、アラブ商人式の交渉戦術なのかもしれないが前年度の5倍をふっかけるというのは酷いと思う)、米韓同盟そのものの意義について韓国が疑問を持った時だろう。
朝鮮半島は長らくというか歴史の殆どは中国の影響下にあった場所であり、例外は日本による韓国統治と現在の米韓同盟だけである。だから米韓同盟を等閑視すべきでない。だから、米側に留めるために努力は必要だと思う。
今回、韓国は、北朝鮮の核ミサイルがむしろ能力としては強化されており、南北関係も進展がない中で、やはり韓国の防衛のためにはGSOMIAはあった方が良い、そして、中国やロシアや北朝鮮との関係でも、韓国防衛には依然、米韓同盟が重要であるという現実的で全うな判断をしたということである。親北極左勢力の中には、米韓同盟を離れて南北統一しても構わないという考えの人もいる中で、文在寅大統領が最後はイデオロギーではなく現実的判断をしたことは評価されていい。もちろん、破棄すれば渉が厳しくなるため、国会選挙にも及ぶかもしれないとの判断もあっただろうけれど。
喧嘩文化の違い
もっとも、GSOMIAについては、韓国は、喧嘩の仕方を間違えたのだとも思う。韓国式の喧嘩をやってみたのだが、それは米国のカウボーイ気質に全く合わなかっただろう(ちなみに、日本の侍文化とカウボーイ気質には通じるものが)。GSOMIAという大事なものを別目的の達成のために気軽に「賭け」に差し出してしまうという感覚は理解できないだろうし、不信感が募ったに違いない。
韓国との喧嘩のやり方は、相手と向き合うというよりは、まず自分の主張を盛りにもって騒ぎ、その場所にいる一番強い人や影響力のある人にアピールして、相手に圧力をかけてもらう(路上に出ての夫婦喧嘩然り、今回のWTO提訴然り、慰安婦の世論戦然り、ハーグ密使事件然り)。今回もGSOMIAそのものが嫌だというより(外交官や軍人はじめ韓国政府内で重要性を理解している人は多かったと思う)、GSOMIA破棄カードをちらつかせ、米国をして日本に輸出運用管理見直しの圧力をかけさせようという思惑だったと思う。
しかし、米国は乗ってこなかった。米国からすれば、GSOMIAと輸出運用管理は関係ないし、何より、GSOMIAという、それ自体韓国自身にとっても重要なものを、そのような「賭け」に気軽に使うという感覚が信じられなかったに違いない。
それにしても、米国は、ここまでハイレベルで明白な要請をしたのに途中まで韓国が効く耳をもたなかったことに驚いたに違いない。韓国にとって米国はそれほど重要ではないのか、怖くはないのかと。米中の覇権争いの中で、韓国は、インド太平洋戦略に明確なコミットをせず、中国との関係に配慮して三不政策(日韓同盟にならない、これ以上THAAD配備しない、米国のミサイル防衛システムに入らない)にコミットした。
もともと、米国が韓国がどっち向いているんだと思う要素はあったわけで、今回のGSOMIA破棄がもしも米国のここまでのあからさまな説得は、むしろ、韓国に対する「踏み絵」のような面もあったといえる。突き詰めて言えば「韓国は、米国の陣営にいるのか。それとも、離れて別のところ(中国の方)に行ってもいいと思っているのか」という。
韓国は、というか文在寅大統領が、米韓同盟を選んだ。そのことはとても意義のあることだ。廬武鉉時代にも米国に戦時統制権返還を迫って結局最後は廬武鉉が米国に縋った記憶がある。廬武鉉大統領の側近だった文在寅大統領だが、その当時の米国と韓国の力関係と今とは違う。中国も違う。米中のパワーバランスも近づいてきた。
親北左翼の文在寅大統領は一体どうするのだろうと不安に思っていたが、少なくとも今回、廬武鉉大統領同様、現実的選択をした。アメリカファーストで、同盟国にも無理を言ってくる、トランプ政権下でいろいろある米国ではある。でも、米国はやはり「腐っても鯛」なのだ。
松川 るい 参議院議員(自由民主党 大阪選挙区)
1971年生まれ。東京大学法学部卒業後、外務省入省。条約局法規課、アジア大洋州局地域政策課、軍縮代表部(スイス)一等書記官、国際情報統括官(インテリジェンス部門)組織首席事務官、日中韓協力事務局事務局次長(大韓民国)、総合外交政策局女性参画推進室長を歴任。2016年に外務省を退職し、同年の参議院議員選挙で初当選。公式サイト:ツイッター「@Matsukawa_Rui」
編集部より:このブログは参議院議員、松川るい氏(自由民主党、大阪選挙区)の公式ブログ 2019年11月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、「松川るいが行く!」をご覧ください。