首里城火災検証(前編)防火対策イコール法規制ではない --- 牧 功三

寄稿

はじめに

令和元年10月31日未明から11時間にわたって続いた大規模な火災で首里城の主要な建物である正殿、北殿、南殿等が全焼してしまった。さらに琉球王国時代から伝わる貴重な収蔵品も焼失してしまった。

首里城火災当時のNHKニュースより

筆者はNFPA(National Fire Protection Association米国防火協会)等の国際基準を使った防火に長年携わっているが、日本の防火体制のあり方について機会がある度に問題提起をしている。今回の首里城の火災において何が問題であったのかを整理してみたい。

経済的損害のリスク

実は防火を考える際は(1)人の安全、(2)経済的損害防止があり、この2つを分けて考える必要がある。通常、法規で規制するのは人の安全である。人の安全とは自動火災報知設備等で建物内にいる人々に火災発生を知らせて、避難経路を10~20分程度火炎や煙から守り、避難を無事に完了させることである。

ここで人は自力かあるいは他人の介助によって逃げることを前提としている。

報道によると今回の火災による死傷者は報告されていない。被害は建物、付帯設備および収蔵品の損害である。琉球新報(11/13)によると、首里城の損害保険評価額は100億3500万円とある。この額に本来得られるべきだった営業収入の逸失利益(BI: Business Interruption)を加えると被害総額は100~200億円の範囲と思われる。

さらに観光の目玉を失なってしまったために那覇市や周辺地域への観光客の減少も考えられる。また首里城は沖縄のシンボルともいうべき存在であり、焼失してしまった建物および文化財は金銭に代えがたいとの意見もある。こういった経済的損害リスクの大きさに見合った防火対策がされていなかったことが問題なのである。

観光へのダメージは小さくない(11月、首里城公園入り口にて編集部撮影)

防火対策イコール法規制ではない

日本では法規制が金科玉条のごとく扱われ、こういった火災の際にメディアは法規制のコンプライアンスについて重箱の隅をつつくようなところまで調べ上げて「法規制を守らなかったから」と管理者やオーナーの責任が問われることが多くなる印象だが、日本以外ではそもそも防火対策イコール法規制ではない。

他国では経済的損害防止のための防火が当然のごとく行われており、そこには損害保険業界が深く関わっている。保険会社はリスク低減のための防火対策を推奨し、対策の実施状況に応じて保険料割引に反映させる仕組みがある。

産経新聞(11/8)によると、沖縄美(ちゅ)ら島財団が支払う火災保険の保険料は年間2940万円とのことだが、アメリカではスプリンクラーの設置で保険料が大幅に割引となる。保険料が1/10以下となるケースもあり数千万円~数億円と高額なスプリンクラー設置費用を数年でペイできるとされている。

他国では、とくに大規模な工場や物流倉庫などで、人の安全(法規制)上は不要でも経済的損害防止のためにスプリンクラーを設置するケースが多い。ちなみにアメリカでは工場におけるスプリンクラー普及率が推定50%と非常に高いが(日本では推定1%以下)、このほとんどが法規制ではなく経済的損害防止のために設置されたものである。

スプリンクラー

既に多くの有識者が指摘をしているが、もしスプリンクラーが設置されていれば着火後のかなり早い段階で作動し火災の拡大を防げたはずである。スプリンクラーは火災による熱で天井付近に設置されたヘッドと呼ばれる部分が開放し高圧の水を霧状に散水することによって火災を制御する仕組となっている。建物の火災に対してスプリンクラーが非常に有効であることは国際的には統一された見解と言ってよい。

toya/写真AC

経済的損害防止のための防火とは建物、設備、収容物等の「逃げないもの」への被害を最小限度にとどめてその機能を維持することである。逃げてくれないものを火災から守るためには建物内のどこで火災が発生しても完全に消火するかあるいは火災が拡大しないように制御しなければならない。この目的を達成するためには多くの場合スプリンクラーあるいは同等の自動消火設備を必要とする(そうでなれば防火区画内を全て不燃とするかである)。

一部の報道によると、展示物への漏水をおそれてスプリンクラーを設置しなかったとあるが、湿式スプリンクラー設備(もっとも一般的に設置されるスプリンクラー設備)の場合、スプリンクラーヘッドは火災の熱により1つずつ開放する仕組みとなっており火災が拡大した範囲でしか放水はされない。

小火であっても天井に設置された全てのスプリンクラーヘッドから一斉に放水されると思われる方が多いがこれは完全に誤解である。しかし、地震の際のスプリンクラー配管からの漏水はたしかに心配であり実際に神戸や東北の震災の際は多くの建物で漏水が発生している。

NFPAは地震のリスクが高い地域においてスプリンクラー配管へ耐震振れ止めやフレキシブルカプリング等の耐震対策を推奨しており、これにより漏水のリスクを下げられるとしている。

スプリンクラーの技術は損害保険とともに発展してきたと言っても過言ではない。防火で国際的に有名なNFPAは19世紀末にアメリカの損保業界がスプリンクラーの技術基準を統一する目的で設立された団体であり、スプリンクラーが普及し始めた当初は経済的損害防止を目的として工場を中心に設置が進んだとのことである。

アメリカではスプリンクラーを使用した防火の歴史が非常に長く、普及率が高く、どのくらい有効に機能したのか、何か問題はなかったのかという検証を全国規模で行っており、長い年月をかけた知見やデータの積み上げといった科学的な裏付けがある。またNFPAの技術基準は寄せられた改定案を基に3~5年に1度という高い頻度でアップデートされている。

スプリンクラーの基本的な仕様は日本以外では国際的に統一されていく方向にあり、欧米のみならず中国や韓国といった近隣のアジア諸国においてもこの流れから外れていない。日本の防火関係者の中には頑なに「国ごとに違う」という主張をされる方が多いが、他国の防火関係者からそういった主張はあまり聞かれない。

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牧 功三(まき・こうぞう)
米国の損害保険会社、プラントエンジニアリング会社、米国のコンサルタント会社等で産業防災および企業のリスクマネジメント業務に従事。2010年に日本火災学会の火災誌に「NFPAとスプリンクラー」を寄稿。米国技術士 防火部門、米国BCSP認定安全専門家、NFPA認定防火技術者