NHKニュースに見るメディアの劣化:がんゲノム医療報道

中村 祐輔

9時のNHKニュースで「がんゲノム医療」を取り上げていた。公的保険でがん遺伝子検査をうけることができる患者が限られていることが課題だと始めたので、患者さんのためにもっとパネル検査を広げるべきだというのが趣旨かと思っていた。

NHK「ニュースウオッチ9」(11月26日放送)より編集部引用

しかし、最後にエビデンスがないのでがん患者全員に広げられないのだとのコメントで締めくくり、言っていることが支離滅裂だと感じた。本当に日本のメディアはこのレベルなのかと情けなくなってきた。メディアの劣化が著しい。

標準療法が尽きた進行がんに「がん遺伝子パネル検査」を提供するのは、これまでの抗がん剤治療に比べれば、遺伝子異常に基づいた分子標的治療薬治療の方が有効率が格段に高いからだ。この常識を論拠にして、「がん遺伝子パネル検査」を承認したのだから、もっと早期に活用するのは、科学的エビデンスに基づいているはずだ。

胃がんの免疫チェックポイント抗体は、「2種類の抗がん剤治療後でしか利用できないのはエビデンスがない」と某がんセンターのウエブに記載されていたことは以前にも指摘した。抗がん剤治療後の免疫環境が理解できれば、抗がん剤前に免疫条件がいい状況で免疫チェックポイント抗体を利用すればもっと効くと考えるのがまともな科学的・医学的思考だが、この国では世界の常識が通用しない。

医療費の増加を抑制するために、変な理屈を振り回すより、科学的な薬剤の選択法を考えれば、患者さんの役に立つのは自明の理だ。そうすれば治癒率も改善されるのではないのか?「がん遺伝子パネル検査」の対象を絞っているのは、エビデンスでも、科学でもなく、医療費の観点からである。それなのに、バカ高い診断料を設定したのは、理解不能である。

そして、「自費で遺伝子パネル検査を受ける」とすべて自費になると、患者さんや家族を脅すようなコメントもしていたが、これが国民から料金を取っている放送局のスタンスなのか?「治療成績の悪いがんに対しては、もっと早い段階で利用できるようにすべきだ」などの、もっとまともな国民よりの発言ができないものなのか?

そして、最も腹が立ったのは、「公的保険でがん遺伝子パネル検査を受けて、分子標的治療薬が見つかったあとの状況」に一言も触れなかったことだ。10-20%のがん患者にオーダーメード治療ができると言っていたが(オーダーメード医療の提唱者として、あまりにも薄っぺらい現状把握に涙が出てきた)、「君たちは現実に目を向けているのか」と問いたい。今の制度では、検査は保険が利用できても、見つかった薬には保険が使えないのだ。

がん特約保険として、このような状況でもがん分子標的薬代がカバーされるものまで含めたものに加入していれば別だが、そうでなければ薬剤費を自費でカバーしなければならない。がん分子標的治療薬は1か月50-200万円かかるなど非常に高額なものが多い。薬が見つかっても、保険もなく、経済的余裕がなければ、万事休すなのである。薬に効果があって、1年間服用し続ければ、とんでもないお金が必要なのである。

いったい取材している側は、どこに目をつけて取材しているのだ。

見方によっては、、「エビデンスがない」がん遺伝子パネル検査を勝手に受けると、「すべて自費診療になって、痛い目にあうぞ」が趣旨ではないかと穿った目で見てしまいそうだ。

こんなニュースをたくさんの視聴者がいる時間帯で流すなど恥ずかしくないのかNHKは!


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年11月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。