文大統領、韓国の「今」を直視せよ!

長谷川 良

朴槿恵大統領は「歴史の正しい認識」を標榜し、その後任の文在寅大統領は「積弊清算」を主張してきた。いずれも生きている「今」ではなく「過去」を政権の政策の要に置いてきた。その結果、日韓関係は「戦後最悪」ともいわれる険悪な状況をもたらした。

韓国社会が「今」直面している諸問題に精力を注ぐべき文在寅大統領(韓国大統領府公式フェイスブックから)

国民経済が順調な時は「過去」のテーマに多くのエネルギーを注ぐことも悪くないが、国民経済に停滞の兆候がみえてきた「今」、過去の問題は本来、後回しにすべきだが、大統領就任前半を終了した文大統領は後半に入っても今なお「過去」がその主要テーマとなっている。

朝鮮日報日本語電子版は28日、ソウルの合計特殊出生率が今年第3四半期、とうとう0.7を切り、0.69になった報じた。合計特殊出生率とは1人の女性が妊娠可能とされる15歳から49歳までの間に産む子どもの数を意味する。人口を維持するために必要な合計特殊出生率は2.1だから、韓国の特殊出生率は異常に低い。このままいくと今年は年間出生児数30万人維持も危うい状況だという。昨年の年間死亡者数(29万8820人)だから、死亡者数が出生数を上回ることになる。人口の減少だ。

朝鮮日報によると、韓国の年間出生児数は2002年から16年までは40万人台を維持していたが、17年に30万人台に下がり、減少速度がますます増している。同国の人口学者は「韓国人は絶滅の道に入った」と警告しているほどだ。

なぜ韓国人は子供を産まなくなったのだろうか。少子化問題は日本でも大きな問題だが、韓国の場合、少子化は超少子化と呼ばれるもので、合計特殊出生率は1.0を割って久しい。北朝鮮が韓国に戦争を仕掛けなくても、韓国は既に亡国の道を歩きだしているわけだ。

韓国の自殺件数は世界トップ水準だ。韓国統計庁によると、昨年の死亡原因調査を発表したが、自殺者数が再び増加した。自殺率はOECD(経済協力開発機構)加盟国の中では最高で、自殺件数は1万3670人だった。前年比で1207人増で人口10万人当たりの自殺率は26.6人という。 韓国はリトアニアのOECD加盟で2位になっていたが、2018年の統計では再び1位になってしまったという。

なぜ韓国人は自殺に走るのか。韓国政府は官民を挙げて自殺対策に取り組んできたが、残念ながらその成果は表れていない。韓国の人気アイドルグループ「KARA」元メンバー、ク・ハラさん(28)が今月24日、自宅で亡くなっているのを発見された。自殺という。

韓国では芸能人の自殺が頻繁に報道される。ク・ハラさんの場合、友人の死にショックを受け、深刻なうつ病を引き起こしていたという。韓国の心理学者はク・ハラさんの自殺を「哀悼症候群」と分析している。

韓国の若い世代では「ヘル朝鮮」という言葉がよく聞かれる。韓国の若者にとって、厳しい受験競争、就職探しなどがあって、地獄のような社会だという思いが込められている。

一流大学に入学し、一流企業に就職することが多くの若者とその家族の願いだが、それを実現できるのはごく限られているから、大多数の若者は劣等感、敗北感、絶望感、自暴自棄の状況に陥りやすくなるわけだ。もちろん、若い世代だけではない。就職状況は中年の国民にとっても次第に厳しくなってきている。

米精神科協会によると、韓国社会の特有の病気として、火病(a Korean culture-bound Syndrome)が挙げられている。恨めしいこと、悔しいこと、悲しいことを長期間、抑制している場合、それが限界に達し、心身が不調に陥った時に現れる症状で、文字通り腹の中から火の塊が飛び出して暴発するような症状を引き起こすことから火病と呼ばれている。他者への暴力性は少なく、怒りは自身に向けられるという。

2014年4月16日、仁川から済州島に向かっていた旅客船「セウォル号」が沈没し、約300人が犠牲となるという大事故が起きた。船長ら乗組員が沈没する2時間前にボートで脱出する一方、船客に対して適切な救援活動を行っていなかったことが判明し、遺族関係者ばかりか、韓国民を怒らせた。

朴槿恵大統領(当時)が事故一周忌の15年4月16日、死者、行方不明者の前に献花と焼香をするために事故現場の埠頭を訪れたが、遺族関係者などから「焼香場を閉鎖され、焼香すらできずに戻っていった」という。

死者や行方不明者の関係者から「セウォル号を早く引き揚げろ」といった叫びが事故現場から去る大統領の背中に向かって投げつけられた(「焼香を拒む韓国人の“病んだ情”」2015年4月18日参考)。その出来事を知った時、当方は「韓国社会は病んでいる」と強烈に感じたものだ。

文大統領は就任以来、過去の清算を掲げ、慰安婦問題、元徴用工問題から始まり、日韓併合の見直しまで足を突っ込み、日本に対して厳しく批判してきている。それらのテーマは「過去」だ。それも本人が直接体験しなかった過去の問題に対して、多くの精力を注いできた。

同時期、国民経済は停滞の兆しを見せ、国民の間には「ヘル朝鮮」という言葉が流行。合計特殊出生率は1.0を割り、自殺件数は世界のトップとなってきた。これらの問題は韓国社会の「今」起きていることだ。文大統領は閉じてきた目を開ければ目撃できる現象だ。

文大統領よ、任期後半は「過去」ではなく、「今」に集中すべきだ。国民は今、悩んでいるのだ。「過去」は「過去」自身に委ねるべきではないか。文大統領は南北融和路線を走り、南北再統一を視野に入れて歩んでいるが、国民が「今」直面している諸問題を放置して、南北の再統一を叫んでも国民の心には響かないだろう。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年11月30日の記事に一部加筆。