「咢堂ブックオブザイヤー」最大のキラータイトル登場か
5年前の2014年より尾崎財団で始まった書籍顕彰事業「咢堂ブックオブザイヤー」。
衆議院の連続当選25回を数える議員であると同時に、犬養毅とならぶジャーナリスト出身政治家の草分け、あるいは雄弁家、そして地方議員(東京市会議員)出身でもあった尾崎行雄にちなんで制定されたささやかな賞です。財団が主宰する人材育成塾「咢堂塾(がくどうじゅく)」はじめ会員の皆様の推薦によって選出され、毎年尾崎行雄の誕生日でもある12月24日に決定、翌25日に発表されます。
過去にはコラムニストの勝谷誠彦さん、また昨年はアゴラでもおなじみの足立康史議員や石破茂議員、枝野幸男議員など、党派や主義主張を問わず広範囲の書籍に注目してきました。アゴラ上で紹介された書籍に注目することも多々あり、そのいくつかは実際に本年の候補作にも挙げられています。
そうした中、関係者の中でも一躍注目を集めているのが、ノンフィクションライター・常井健一さんの最新刊『無敗の男中村喜四郎全告白』(文藝春秋刊)です。
著者はこれまでにも小泉純一郎・元総理や進次郎・環境大臣などに肉薄したインタビューやルポで知られていますが、今作は近年の野党再編でキーマンと目される中村喜四郎・衆議院議員に密着取材。書籍帯の「25年の沈黙を破ってついにそのすべてを語った!」が誇張でない、圧巻の332頁です。建設大臣の頃に遭ったゼネコン疑惑をめぐる司法との戦いや、子息との衝突と克服、長年の沈黙を破っての精力的な活動など、これほどのドラマ性を秘めた政治家は現代において稀でしょう。
尾崎との共通点、それ以上に興味を引いた「長老の生きざま」
同書の第二章では「憲政の神様」と呼ばれる尾崎行雄(1858-1954)が持つ無所属議員の連勝記録も、中村が打ち破ってしまった(同書68頁)」、あるいはその後援会でもある「喜友会」の行事として「尾崎行雄の銅像が立つ平屋建ての施設(憲政記念館)の会議室で中村の講話に聞き入る(110頁)」など、財団スタッフとしても気になるエピソードが垣間見えます。
そうした挿話を抜きにしても、知れば知るほどこの中村喜四郎という一人の政治家の、選挙あるいは演説に対する気迫に驚きを隠せません。様々な点で、尾崎とも重なる部分が見え隠れします。
たとえば中村の後援会「喜友会」などは、尾崎が選挙区・三重のみならず名古屋や銚子、甲府など他県にまたがりその会員数約30万を誇った「咢堂会」を彷彿させます。演説の徹底ぶりは尾崎が明治期に訳述したわが国最初の演説教科書『公会演説法』に通じるところも伺えます。
同書では身振り手振りの詳細や食生活など健康管理にも触れてあり、尾崎の連続当選25回、在職通算63年を支えたエッセンスを奇しくも中村議員が実践されていたことに驚きを隠せません。少なくとも選挙、そして演説に対する姿勢においては「現代の尾崎」と言えなくもないのです。
「党より人」、そして「人生の本舞台」
もっとも中村議員と尾崎では対称的な部分もあり、たとえば尾崎はかつて、次のような短歌を詠んでいます。
国よりも党を重んじ党よりも 身を重んずる人の群れかな
国のため懇談熟議すべき場所 動物園となりにけるかも
中村議員の「党より人」は一見相反するようで、実は尾崎と同じことを言わんとしている。
その一方、尾崎は無所属の身においても広く発信することを生涯止めようとしなかった。ここは四半世紀に渡り沈黙を守った氏と異なる点です。どちらが上下、良し悪しという意味ではありません。それがなぜ、平成の終わりとともに変貌を遂げたのか。実はここに、私は中村喜四郎という現代政治の古参と憲政史の大長老・尾崎における一番の共通点を見るのです。
永田町・憲政記念館のエントランスには、スウェーデン政府から寄贈された花崗岩の石碑があり、そこには次のような尾崎の警句が刻まれています。
人生の本舞台は常に将来に在り
尾崎がこの言葉を閃いたのは実に齢70を過ぎてからであり、そこから20年以上にわたり現役の衆議院議員として国事に携わりました。翼賛選挙で軍政の弾圧と戦い、大法廷で無罪を勝ち取った時はすでに80歳を超えていました。また敗戦を経てアメリカに招かれ、サンフランシス講和会議の露払い役を担ったのも90歳を過ぎてからでした。
その辺の経緯は過去にアゴラでも掲載いただいた拙稿のとおりですが、中村喜四郎という一人の国会議員の挑戦には、党派や主義主張を越えて注目せずにはいられないのです。
その一方で。読了後に感じた「居心地の悪さ」
著者にとって最新、かつ代表作になるであろう今作の読後感は人それぞれかも知れません。私が読了後に抱いたのは爽快や感動といった分かりやすい感情ではなく、むしろ今の政治が与野党ともにままならぬことの居心地の悪さ、あるいはもやもやした思いでした。
著者の力量ならば、魅力溢れる現在進行形の評伝として爽やかに結ぶことも出来たことでしょう。
それでも敢えてそうしなかったのは、書籍の主人公でもある中村喜四郎本人、そして著者の常井さん、そして私もふくめた「一人ひとりの読者にとっての宿題」なのではないか。そんな思いに駆られます。
与党もだめ、野党もだめ。ならば、良い政党はどこなのか。それ以前に、そもそも「良い政治」とは何なのか。
憲政史や尾崎について日々考え、わが国の政治の行方を案ずる一方で、誰もが納得できるだけの答えをいまだ持ち合わせていない己に気づかされます。
書籍を通じて感じた「居心地の悪さ」は、しばらく忘れられそうにありません。
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高橋 大輔 一般財団法人 尾崎行雄記念財団研究員。
政治の中心地・永田町1丁目1番地1号でわが国の政治の行方を憂いつつ、「憲政の父」と呼ばれる尾崎行雄はじめ憲政史で光り輝く議会人の再評価に明け暮れている。共編著に『人生の本舞台』(世論時報社)、尾崎財団発行『世界と議会』への寄稿多数。尾崎行雄記念財団公式サイト