ロシア潜水艦が海底ケーブルを切断?

長谷川 良

北大西洋条約機構(NATO)は今月3日から2日間の日程でロンドンで創設70周年の記念イベントを開催し、「相互防衛義務の確認」などを明記した共同宣言を発表した。特に、軍事強化に乗り出すロシアへの警戒と中国の軍事大国化への脅威などが話し合われた。

▲ロンドンで開催されたNATO創設70周年の記念首脳会談(2019年12月4日、NATO公式サイトから)

NATO首脳会談では「ロシアは依然、NATOの最大脅威」と強調するバルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)やポーランドに対し、「中国の軍事台頭こそ最も警戒すべきだ」と主張する加盟国もあり、「NATOの敵国」で29カ国の加盟国の意見が割れている。

ところで、NATOは今、ロシア潜水艦の動きに神経を尖らせている。NATO報道官によると、「今年に入り、ロシア潜水艦が冷戦終焉以来、最も活発な動きを見せている。ロシアは海底での軍事活動を持続的に強化している」というのだ。

ノルウエー海域で今年10月、NATO海軍が10隻余りのロシア潜水艦が運航しているのをキャッチした。NATO関係者によると、ロシア潜水艦はグリーンランド、アイスランド、そして英国の海域(通称GIUKギャップ)をゆっくりと西側に運航した後、姿を消したという。NATO軍事関係者は、「ロシア潜水艦の動きをこれまで以上に監視し、上空からの監視も重要だ」という。

ロシアの最新潜水艦クニャージ・ウラジーミル(画像は本文と無関係です:Wikipediaより編集部)

北大西洋水域は軍の補給ルート、民間貿易ルート、そして通信ネットワークの拠点であるゆえに、欧州の安全にとって非常に重要地域だ。ロシア潜水艦は米国と欧州間に敷かれた海底ケーブルを切断できる能力を有している。海底ケーブルを通じてインターネット通信の大部分が行われている。その海底ケーブルへの破壊工作は正規軍、非正規軍、サイバー戦、情報戦などミックスしたハイブリッド戦争を意味する。すなわち、`Seabed Warfare’と呼ばれる海底戦争は近未来の大きなテーマだというわけだ。

NATO軍事専門家はロシア軍の急速な軍関連技術の発展に驚きをもっている。ロシア潜水艦は昔と比べ、静かになり、ミサイルの飛行速度も早まってきた。ロシアは先日、追跡が困難なボレイ型原子力潜水艦のテストを実施。来年には極超音速ミサイルシステム「ジルコン」を導入すれば、米欧ミサイル防衛網を凌駕する可能性が出てくる。ロシア海軍の原子力ミサイル巡洋艦「ピョートル・ヴェリーキイ」はジルコンを搭載している。

ロシアの軍事強化に対し、米軍は極超音速ミサイルシステムの開発に取り組みだした。冷戦時代の軍縮協定のシンボルであったアメリカとロシア間の中距離核ミサイル全廃条約(INF)が8月2日、失効したことを受け、米国防総省は今月12日、これまでINF条約で禁じられてきた地上発射型の中距離弾道ミサイルを西部カリフォルニア州のバンデンバーグ空軍基地から発射する実験を行ったばかりだ。米国が8月、地上発射型の巡航ミサイルの発射実験を成功させた直後、ロシアと中国は「新たな軍拡大政策」として米国を批判し、国連常任理事会の特別会合の開催を招請した。

米国は、「ロシアはINF条約の破棄決定前から秘かにSSC-8システム(ロシアでは9M729)を開発し、INFに違反してきた」と受け取っている。同システムは核搭載可能な巡航ミサイルの射程距離は2000キロ以上だ。

モスクワは米国の「INF違反」批判を否定し、「同システムはINFの許容範囲の射程距離500キロ以内」と反論してきた。INF条約では、500キロから5500キロの射程距離のミサイル開発、発射実験、保有を禁止してきた。

INF条約はロシアと米国の2カ国を対象としていたが、中国が急速に軍拡大政策を展開しているなか、中国抜きの条約の有効性への疑問が呈されてきた。中国は2000基以上の弾道ミサイル、巡航ミサイルを所持しているからだ。

なお、NATO加盟国のトルコ(1952年2月加盟)がロシアから地対空ミサイル防衛システム(S400)を購入したことに対し、米国はトルコ側の決定を厳しく批判し、制裁も辞さない構えだ。ロシアのプーチン大統領はトルコのエルドアン大統領との友好関係を利用し、NATOの結束を巧みに崩してきている。

マクロン仏大統領はNATO首脳会談直前、「NATOは脳死状態だ」と発言し、トランプ米大統領を怒らせたが、INF条約失効後の欧米の安全保障は緊急課題だ。NATOは脳死状態から目覚め、ロシアと中国の軍事脅威に効果的に対応しなければならない。特に、ロシア海軍の潜水艦の動きに十分、警戒する必要がある。

注・上記のロシア潜水艦の動向に関する情報は「Redaktionsnetzwerk Deutschland (RND」を参考にしました。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年12月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。