日本に戻り18か月が過ぎた。技術が大きく進歩する中で、人々の考え方が、技術について行っていない。「エビデンスに基づく医療」が絶対視されているが、今翻訳中のある本の中に、標題である「エビデンスに基づく医療から、医療に基づくエビデンスへ」という文言が出てきた。
現在の医療で「エビデンス」と言えば、多くの場合、集団(新薬群あるいは新規治療法群)と集団(コントロール群)を比較して得られた結果のことを指す。がんの標準療法など、大半がこのような形で医療現場に取り入れられてきた。あくまでも、大きな集団で比較すると、どちらが望ましいかというレベルの「エビデンス」だ。
この本で(出し惜しみするようだが)述べられていたことは、私の主張してきたことと同じで、臨床医に本当に必要なのは(そして、患者さんにとって最も重要なのは)、目の前の患者さんに提案しようとしている治療法が、効くかどうかである。ステージ4のXXがんは、この治療法が標準療法で、プロトコールに書かれている治療を受けると5年生存率が20%だ」と説明で十分だとの考えは時代遅れになる。
個別化医療、ゲノム医療などが重要だと言っている人たちが増えてきたことはいいことだが、真に「ゲノム医療」の目指すものを理解しているのかどうかははなはだ疑問だ。目の前の患者さんにとって、これから提供する治療法が85%の確率で有効なのか、15%なのかを予測できてこそ、ゲノム医療、個別化医療、オーダーメイド医療なのだ。
個々の患者さんに提供した治療法から、個々の患者さんについてのエビデンスを理解する所から、今後の医療の進歩が生まれる。20世紀から21世紀に移り、すでに20年近い歳月が流れた。しかし、医療に従事する人の意識はほとんど変わっていない。集団統計学が、医療の根幹をなす時代は終わりつつある。ビッグデータから個の医療を考える時代に、何をすべきなのか、それを見つめ直すことが必要だ。
そして、これを成し遂げるには、若い人の活動が不可欠だ。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年12月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。