尾崎財団が主宰する書籍顕彰事業「咢堂ブックオブザイヤー2019」。2014年の創設から6回目となる令和初の選考は、当財団が不偏不党の立場で注目した政治分野の著作を中心とするほか、わが国の課題を考えるにあたって活発な議論や解決に資することを基準に行われました。
4月1日に新元号「令和」が発表され、翌月には新たな時代が始まりました。一方で、私たちにとっての「平成の宿題」は片づいただろうか、真の意味で「仕舞う」ことができただろうか。一層の混迷を見せる政治ならびに数々の社会問題と、私たちはどう向かい合うべきか。そうした観点から本年のブックオブザイヤーは6つの分野ごとに優れた書籍に注目し、その中でも特に優れた作品に賞を贈ることと致しました。
総合部門の「平成記」は、1989年からの31年間を年ごとに区切り、国内外の主要なできごとや世相を物語風に叙述した、総ページ数493の大作です。国内においては改造を含めた歴代内閣の変遷が綴られ、また海外情勢や社会問題、文化などの世相が高いバランスでまとめ上げられた点が評価を集めました。文芸評論家ならではの視点で各年を代表する文学作品や言論・思想などの潮流についても触れられている点がユニークであるとの意見も出ました。
各年譜には「自分史」欄も設けられており、個人史を書き添えられるなどの配慮が平成の締めくくるにふさわしい一冊として選ばれました。
国政部門ですが、青山繁晴・参議院議員の「ぼくらの哲学2 不安ノ解体」は、第一線の作家でもある著者が国政に挑んだ理由(源流の章~第5章)、現在の活動(第6章~8章)、そして今後目指すもの(第9章~大海の章)について圧倒的な筆力で余すところなく描かれ、わが国喫緊の課題と直結している点が賛同を集めました。出版化にあたっては言論誌の連載に大幅な加筆と推敲が重ねられ、「プロの流儀」を感じる選者も少なくありませんでした。
足立康史・衆議院議員の「国会という茶番劇」は2017年、2018年に続き三度目の授賞です。「多選の是非」については選考会議でも賛否が分かれた一方、過去作にも増して政策に対する方法論が充実すると同時に、先の国会でも禍根を残した「国対政治の功罪」を早期から指摘していた点が評価を集めました。また著者の原点(なぜ、国会議員を志したのか)が初めて描かれた点も評価されました。著者は所属政党を与党でも野党でもない「ゆ党」と呼ぶことでも知られていますが、ある選者からは「与野党双方に諭す“諭”の字を当てても良いのでは」そういった声も聞かれました。
地方部門の対象は地方創生や行政、地方議会など多岐にわたりますが、本年は地方行政が選考の焦点となりました。「実行力」は、知事や市長を歴任し、地域政党を立ち上げた著者のリーダーシップ、その真髄と呼べる一冊です。ある選者は「すべての首長必読」と激賞しました。太字個所の一つひとつはまさに著者の経験に裏打ちされたトップリーダーの心得であり、中でも164ページに書かれた潔さは、多くの選者が唸らされました。
もう一冊の「なぜ、彼らは「お役所仕事」を変えられたのか?」は、全国各地の自治体で力強く活躍する職員にスポットを当てるサイト「holg.jp」編集長が注目した10名の素顔に迫ります。尾崎財団の人材育成塾・咢堂塾(がくどうじゅく)には地方議会の議員も多く集いますが、所属自治体の事例も採り上げられ「〇〇さんのところの人だよね」という声も聞かれました。地方の活性化は住民が主役であると同時に、首長や職員の奮闘も大事な両輪であることを、今回の地方部門大賞は再認識させてくれました。
選挙部門の「無敗の男 中村喜四郎 全告白」は現在歴代3位の当選回数(14回)を数える中村喜四郎・衆議院議員の素顔に迫った本格評伝です。「選挙の鬼」の異名をもつ同議員の選挙に懸ける姿勢や気迫は当財団で語り伝えられる咢堂・尾崎行雄との共通点も多く、気鋭の著者によって描かれた実像は選考メンバーにとっても少なからぬ衝撃でありました。一方で決して息苦しいものではなく、主人公と家族の絆、そして候補者でなく「有権者が主役である」という選挙の本義を活写した点が高い評価を受けました。
玉木雄一郎・衆議院議員の「令和ニッポン改造論」は副題に「選挙に不利でも言いたいマニフェスト」とあるように、参議院選挙を前に刊行された点から選挙部門での授賞となりました。環境問題においては田中正造・衆議院議員や郷里・香川出身の大平正芳総理など、「憲政の先達」への敬慕が共感を集めると同時に、日米地位協定の見直しなどの現実的な政策主張にも注目が集まりました。一方である選者からは「本に書かれた理念やビジョンを評価するものの、所属議員やサポーターでいかに共有するかが今後の課題。画餅で終わって欲しくない」という意見も出ました。
演説部門の「無敗の男 中村喜四郎 全告白」は選挙部門でも大賞に選ばれ、ブックオブザイヤー初の2部門同時授賞となりました。同書では主人公の演説を「バナナの叩き売り」と評し、準備の様子は「入試直前の受験生と変わらない」としています。「巧言令色」型の政治家が多い中、その逆をいく「剛毅朴訥」タイプとも言えるでしょう。
後援会の国会見学では「尾崎行雄の銅像が立つ平屋建ての施設の会議室で中村の講話に聞き入る(同書110頁)」など、憲政記念館でのエピソードについて触れている点も選者の共感を集めました。中には「励ます会/もりたてる会もいいけど、中村議員の使い方こそが本来あるべき姿」といった声も上がりました。
「#あなたを幸せにしたいんだ 山本太郎とれいわ新選組」は今回の授賞作の中でも一番の最近作(12月18日)ですが、発売前から「この本を読まずに、すべての賞を決めることはできない」そういった根強い声がありました。今年の参議院選挙ではもっとも注目を集めた団体であり、その熱源を確かめたいという意見も聞かれました。
書籍では選挙に挑んだ10名の候補者全員の演説とインタビューが収録、外交や安全保障、消費税廃止の財源などへの言及で課題が残るものの、いずれも「熱誠」と呼べるものでした。書籍の工夫としても各演説に動画リンクのQRコードが掲載され、「ネット選挙の戦略としても面白い」という声も多く聞かれました。
昨年のメディア部門では「フェイクニュース」の台頭に対する「ファクトチェック」に注目しましたが、昨年から今年にかけての政治とメディアを考える上で見逃せないのが、官房長官会見でのやり取りでした。とかく角度をつけがちな論調が目立つ一方で、組織に属しないフリーランスの立場で冷静かつ建設的な視点で書かれた「「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない面々」は、報道の自由という普遍的なテーマを考える上で貴重な一石を投じた点が高く評価されました。巻末で著者が綴った静かな怒りは、尾崎行雄が主張し続けた「誰が正しいかでなく、何が正しいか」にも通じるとの意見が寄せられました。
また、平成という時代を通してメディア問題を考える上で切り離せないのが、インターネットの普及です。新世代の伝達手段は新聞や雑誌などの紙媒体のみならず、テレビやラジオの電波メディアも劇的に、時には痛みを伴って変えることになりました。「2050年のメディア」は、間もなく訪れる2020年を基点に、過去の30年と今後の30年を考える上で多くの示唆を与えてくれる、あるいはどんなにAIが進歩しても、「最後に記事の核心へ到達できるのは、記者の足と筆しかない」との意見が上がりました。
また、各部門以外でも特筆するべきと認められた書籍には特別賞を贈り称えることと致しました。
「秘録・自民党政務調査会」は、党の政務調査会調査役、審査役を歴任した著者の40年にわたるキャリアの全てが凝縮されています。「政権を預かることのリアリズム」に裏打ちされたエピソードの数々は、いずれも永田町の裏面史として興味ぶかいものであると同時に、政党の実力は議員だけで測れるものではないことを明らかにした一冊でもあります。
「13歳からの「くにまもり」」は、憲政史家として活躍する著者が、さまざまな「この国の課題」に真っ向から対峙し、その原因と解決策を論理的かつ具体的に提示した点が高い評価を集めました。第五章(日本を守りたければ政治のことを知ろう)は圧巻で、とりわけ第十節に書かれたメッセージは尾崎財団が目指すものと同じであるという意見が相次ぎました。
「政治の絵本[新版]」は、有権者教育にもっとも力を注ぎ続けている著者にとって初の著作の改訂版です。イラストを多用するとともに分かりやすさを徹底追求した点は、大学生の選者からも高い評価を得ました。悪い政治家を見抜く「人狼ゲーム」などの工夫は、すべての有権者必読です。
様々な社会問題を扱った書籍では、経済格差や貧困などの分野に注目が集まりました。その中でも「教育格差」は、単なる問題提起に留まらず、膨大な調査に裏づけされた論拠の提示と、課題解決に向けての具体的なロードマップまで言及している点が多くの賛同を得ました。巻末に描かれた「15歳の私」との対話は、党派や行政、民間などの垣根を超えて広く関心を寄せていただきたい。そう思わせるに充分なものでした。
「増補版 大平正芳 理念と外交」は、今年で没後40年を迎えた哲人宰相の評伝です。「楕円の哲学」や「永遠の今」、そして「政治とは、明日枯れる花にも水をやることだ」など語り継がれる言葉の数々は今もなお不朽であり、現代の政治が失ってしまったものを改めて問いかける、大平総理に関する評伝でも最新かつ最良の一冊です。
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今回のノミネート作品はいずれも例年以上の力作・良作がひしめき、選考委員会にとっても実に悩ましく、ときには苦しいものでありました。そうした中で選び抜かれた各作品は、老若男女を問わず一人でも多くの方に読まれて欲しい、皆様にとっても最高の書籍となることを、ひとつの確信をもってお奨めいたします。
私たち尾崎行雄記念財団は、自信を持って各授賞作品を「咢堂ブックオブザイヤー2019」に選定し、著者ならびに出版に携わった関係者、そして出版社の皆様を讃える次第です。
令和という新たな時代の幕開けにふさわしい一冊として、各授賞作には是非とも注目いただき、その魅力に触れて頂けることを願ってやみません。
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高橋 大輔 一般財団法人 尾崎行雄記念財団研究員。
政治の中心地・永田町1丁目1番地1号でわが国の政治の行方を憂いつつ、「憲政の父」と呼ばれる尾崎行雄はじめ憲政史で光り輝く議会人の再評価に明け暮れている。共編著に『人生の本舞台』(世論時報社)、尾崎財団発行『世界と議会』への寄稿多数。尾崎行雄記念財団公式サイト