ヒゲダン。等身大世代の紅白ステージに大注目

2019年を総括すれば人それぞれ数えきれないほどの視点や切り口があり、良かった悪かった評価は様々に違いないけれど、こと音楽を聴く環境については圧倒的なバラ色時代に到達した記念すべき年と言っても怒られはしないのではないだろうか。

himawariin/写真AC

そこまで言わせてしまう技術を2つに絞ればストリーミングとBluetoothの2大技術だ。ストリーミングはネット上から数千万曲の楽曲を月額1000円程度の定額制等でまさに無尽蔵聴き放題を実現したサービス。すでにSpotifyやAmazon Musicなど日本でも2000万人を超える利用者がいるというからかなりの普及スピードだ。(無料サービス利用者含む:参照ICT総研)

レコード、CDと来てネット経由で音楽を聴く時代になっても1曲数百円、1アルバム2000~3000円とパッケージソフト時代とあまり変わらない相場観で大人買いにもキリがある状況がしばらく続いていたので、数千万曲を聴き放題のインパクトは相当なものがある。実際ストリーミングサービス利用開始以来かつて買ってまでは聴かなかっただろうアーティストの作品に生涯の友となるべき音楽を発見することもしばしばで、もしこんな時代に遭遇していなければそんな名盤を聴かぬままの人生だったか。とちょっと空恐ろしくなりさえする。

しかもストリーミングできるデータ量も年々大きくなり、ついに今年ソニー、アマゾンがハイレゾ(テレビで言う4K、8Kのようなもの)ストリーミングサービスまで開始した。スタジオ音源に近いスペックの膨大なアーカイブに自宅、近い将来はスマホからアクセスできる時代の到来を究極と言わずして後何を欲するべきだろう。

もう一方のBluetoothはお馴染みの無線通信技術で、年々通信の安定度が増し、今やそんな高音質を簡単にストレスなくオーディオ機器と接続し誰でもどこでも楽しめる環境さえ作り出した。

そんな画期的サービスのわかりやすい恩恵のひとつは、学生時代はバンド活動にいそしみ音楽とともにある生活を送っていた紅顔の美少年も社会に出て仕事が忙しくなれば、自然と音楽から遠ざかり、音楽番組のひとつも見なくなり、せいぜいカラオケで若手が歌う楽曲で「最近はこんな歌が流行っているのだな。」などと独り言ちる他ないわけだが、Spotifyなどの強力なリコメンド機能は1時間のジョギングの合間にも今聴くべき曲を強力にプッシュしてくれて、世代のギャップなど関係なくヘビロテしてくれる。

実際ストリーミングサービスを利用していると好きな若手アーティストには事欠かなくなるのだけど、ラジオ番組でもなく何の予備知識もなくただひたすら音楽が流れてくる関係で、その場は純粋に音楽性を好きか嫌いか、このまま聴くべきか次曲に飛ばすべきかの実力勝負の世界になる。

そんなある意味厳しい環境の中で、圧倒的多数のストリーミングサービスユーザーに支持されたことを起点にブレイクしたのがOfficial髭男dismだ。

Official髭男dism公式サイトより

Official髭男dism、振り返ればつい先日まで無名に近い存在だった。

でも多くの人が感じたように、ストリーミングのフィールドに百花繚乱ありとあらゆる音楽スタイルが咲き乱れる今の音楽業界にあって、圧倒的な楽曲の訴求力があった。どういうアーティストかまったく知らない時点で多くの人が大好きになってしまったのだ。もちろんかく言う私もそんな一人。

音楽のスタイルは、ボーカルの藤原聡がエレクトリックピアノを弾きながら歌うスタイルだが、バンド自体は王道の4人構成だ。藤原聡のハイトーンまで伸びるのにハスキー感のある藤原の声質にもぐっとくるのだが、あくまで奇をてらったような部分はまったくない。

そして魅力的なのが歌詞の世界観。とにかく等身大なのだ。

そこにはかつてのカッコよくて(つけて)、モテモテのロックスターの世界観は、まったく存在しない。

ぎこちなくて、下手をすればカッコ悪い自分を背伸びすることもなく自認して、切ない思いも人生のリアルと受け入れる。

でも素敵なのがそんなやるせなさもありながら、結局はどこか軽やかに前向きに等身大の幸せを探そうとする。

聴いている方が、心にまとっている裃(かみしも)をふと脱ぎ捨てて自然体になりたくなるような、包容力がある世界観なのだ。

例えば、学校のスターを照らすしがない役割の自分を自嘲しつつ最後は怖がらず胸張っていこうかと自分を鼓舞する。

ねえ聞いて
面白くなけりゃダメで
見た目が良くなきゃダメで
そうやって選ばれたスター 人気者さ
僕らは後ろをついてまわって
照らすライトの1つとなって
それが「人生」醜いリアルだ

(Official髭男dism『異端なスター』)

恋する自分さえにも自虐的な気分。

笑っちまうほど 夢見がちなのさ

君に会ってから 余計にひどくなったな“

(Official髭男dism『バッドフォーミー』)

今年の紅白で歌われる曲『Pretender』も、惨敗感満載で歌が始まる。

君とのラブストーリー

それは予想通り

いざ始まればひとり芝居だ

ずっとそばにいたって

結局ただの観客だ

感情のないアイムソーリー

それはいつも通り

慣れてしまえば悪くはないけど

君とのロマンスは人生柄

続きはしないことを知った

(Official髭男dism『Pretender』)

実は本年の紅白には残念ながら出場がないけれど、昨年出演した“あいみょん”の「北千住駅のプラットホーム/銀色の改札」(ハルノヒ) で始まる世界観にも通じる、等身大だけども確かな自分たちの幸せを探そうよという今の気分を強く感じさせる歌詞なのだ。

日本人はみんなが思いっきり背伸びをしたバブルの時代から平成の長い期間をかけ、令和の時代に至りいよいよこういう気分に落ち着いたのかなと感じる。

草食系とかなんとか冷やかされる若い世代の等身大の世界観・人生観だけれど、それはきっとそんな馬鹿にしたものではなくて、世代を重ねて成熟したとても賢明な生き方なのかもしれない。

そんな今年を振り返りながら、今日の紅白歌合戦。Official髭男dismのステージを楽しみにしたいと思う。

秋月 涼佑(あきづき りょうすけ)
大手広告代理店で外資系クライアント等を担当。現在、独立してブランドプロデューサーとして活動中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。秋月涼佑のオリジナルサイトで、衝撃の書「ホモデウスを読む」企画、集中連載中。
秋月涼佑の「たんさんタワー」
Twitter@ryosukeakizuki