ダブスタ国家の本領を発揮した韓国憲法裁の慰安婦合意「違憲」訴え却下

高橋 克己

韓国憲法裁判所は27日、いわゆる日韓慰安婦合意が違憲だと主張する訴訟を却下した。同合意は15年12月に朴槿恵政権が日本政府との間で慰安婦問題への対応などについて合意したものだが、元慰安婦や遺族らが16 年3 月に同合意が違憲であることの確認を求める憲法訴願審判を請求していた。

KBSニュースより

今回、憲法裁判所が元慰安婦らの訴えをいわば門前払いした形なので、日本としてこれをどう評価すべきかについては少々判り辛いところがある。朝鮮半島問題に詳しい西岡力氏と李相哲氏の感想を、28日の産経新聞「論点慰安婦合意違憲訴え却下」が次のように伝えている。

西岡力氏:(韓国の憲法裁判所が)訴えを却下し、ほっとした。・・国同士が結ぶ条約や協定が、司法を含む国家全体を拘束することは国際法の「ABCのA」だ。憲法裁判所の判事はプロの法律家として、常識に基づく判断を下したと思う。

李相哲氏:(憲法裁判所が)「違憲審判の対象ではない」として訴えを却下したことは歓迎できる。事実上、判断を避けたということだ。・・憲法裁が日韓合意に違憲判断を下せば日韓関係はさらに厄介な問題を抱え、最悪へと突き進むことも予想された。

とはいえ、「ほっとした」としつつ西岡氏は「今回の判断で慰安婦問題が大きく動くとは考えにくい」としたのであり、李氏も「最悪へと突き進むことも予想された」が、そうならなかったのは「歓迎できる」としたのであって、もちろん両氏共に、これによって問題解決に向かうとのお考えではない。

他方、慰安婦合意の無力化に韓国司法が事実上お墨付きを与えたことを遺憾とする意見もある。筆者もそれに同感だ。韓国政府は同合意を既に骨抜きにしていた上、これで韓国がさらに国際社会から信用されなくなるという意味では、原告敗訴ほどでないにしても日本にはプラス面があるようにも思う。

憲法裁判所の言い分をよりも詳しく知るのに格好のサイトがある。それは「韓国戦後補償裁判総覧」なる「韓国の裁判所に提起された約50件の戦後補償裁判について、当事者、事案の概要、法的争点、判決結果、担当弁護士等を整理した一覧表」で、韓国を応援する弁護士らが作成しているようだ。

そこにある今回の憲法裁判所の「却下」理由のポイントは次のようだ。

〇条約と非拘束的合意の区別

条約と非拘束的合意の違いは、合意の名称、書面か否か、国内法上の手続の有無、合意の過程と内容・表現に法的拘束力を付与しようという意図が認められるか、法的効果を付与できる具体的な権利・義務を創設しているかなどにより総合的に考慮される。非拘束的合意では国民の法的地位が影響を受けないから、これを対象とする憲法訴願審判請求は許されない。

〇本件合意が憲法訴願審判の対象となるか否か

  • 書面によらない口頭形式である
  • 国務会議の審議や国会の同意等、憲法上の条約締結手続を経ていない
  • 韓日両国の具体的な権利義務を創設したのか明らかでない
  • 日本軍「慰安婦」被害者の被害回復のための法的措置に該当するとは言いがたい
  • 具体的な計画や義務履行の時期、方法、不履行の責任が定められていない抽象的・宣言的内容で、法的義務を指示する表現が全く使用されない
  • 日本大使館前の少女像の大韓民国政府の見解表明で、解決時期や未履行による責任を定めていない
  • 韓日両国の法的関係創設に関する意図が明確に存在したとは言いがたい。
  • 以上によって、本件合意が被害者の法的地位に影響を及ぼしたと言うことができず、被害者の賠償請求権などの基本権を侵害する可能性があるとは言いがたい。従って本件合意を対象とした憲法訴願審判請求は許されない。

要するに、同合意は法的拘束力のない口頭による政府間の合意に過ぎず、被害者の法的地位に影響を及ぼさないから、被害者の賠償請求権は侵害されずに残っているということだ。つまり、文政権が既に骨抜きにしている慰安婦合意の効力がないことに、韓国司法がお墨付きを与えたともいえる。

憲法裁判所の判断は三通りが考えられた。すなわち、①原告勝訴:同合意が違憲となって無効化、②原告敗訴:同合意が合憲となって有効化、③却下:今回の門前払い。②なら文政権には合意履行の義務が生じ、ハルモニや支援者らの説得が必要になる。が、さすが韓国司法、政権の要望を聞き入れていた。

27日の聯合ニュースによれば、請求が出されて3ヵ月後の18年6月、文政権外交部は憲法裁判所に対して、「合意は法的効力を持つ条約でなく、外交的な合意にすぎないため、『国家機関の公権力行使』と見なすことができない」として、却下を求める意見書を提出していたというのだ。

が、これは、いわゆる徴用工判決について文政権が傷物レコードの如く「政府は大法院の判決に関与できない」を繰り返していることと整合しない明白なダブスタ(二重基準)ではないか。大法院では文在寅の子分を裁判長に据え、憲法裁判所では事前に意見書を出して、司法に介入したということだ。

憲法裁判所による「却下」理由にも、先の日韓GSOMIA破棄問題と通底するダブスタが垣間見える。それは法的拘束力に係るダブスタだ。憲法裁判所は同合意が法的拘束力のない口頭合意に過ぎないとしたが、そこで筆者が思い出すのは、文政権がGSOMIA破棄理由に持ち出したTISAのこと。

GSOMIA破棄の急先鋒だった“青瓦台影の外相”金鉉宗国家安保室第2次長は、米国の執拗な説得にも“TISAがあるからGSOMIAを破棄しても問題ない”とうそぶいていた。が、歴とした国家間の条約であるGSOMIAと違ってTISAは日米韓3国の防衛当局による合意に過ぎず、法的拘束力がない。

司法であろうが行政府であろうが韓国の四権(三権+憲法裁判所)の一つであることに変わりない。ある時は法的拘束力のない合意があるから安全保障上の問題はないといい、またある時は法的拘束力がない合意だから実質上守らなくて良いというようなダブスタは、国際社会の不信と嘲笑を買う。

慰安婦合意をした朴槿恵政権は、徴用工裁判が及ぼす政治的影響を考慮して大法院が判決を出すことの引き延ばしを図ったとされる。文政権はその容疑で当時の裁判長を逮捕した。むしろより一層政治的なこの問題でこそ意見書を出すべきだったのに。何れにせよ日本は従来方針を堅持するだけのことだ。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。