金正恩よ、何よりもまず国連制裁決議をじっくり読みなさい

令和初の新年を迎えた日本にとって目下の最大の脅威は何かといえば、それは北朝鮮の大量破壊兵器、すなわち、核兵器や生物化学兵器の存在に先ず指を折らねばなるまい。それらは勿論、日本のみならずその運搬が可能な範囲にある中国とロシア、そして何より韓国にとっても同様に違いない。

朝鮮中央通信より:編集部

が、そのうちの中露が12月16日、時期尚早との米国の反対で否決はされたが、帰国期限の22日を控えた北朝鮮出稼ぎ労働者の規制緩和や海産物と繊維製品の禁輸措置解除を国連安保理に提案したというから、国際政治は一筋縄ではゆかず、日本の左派野党などにはとても危なっかしくて任せられない。

米国との交渉再開期限を自ら昨年末に区切り自縄自縛に陥った金正恩は、クリスマスプレゼントだなんだと言いつつも結局はトランプに相手にされず、年末に異例ともいえる長時間の会議を開いた。年の明けた1日に北朝鮮国営朝鮮中央通信が伝えた金氏の発言を、報道各社はおおよそこう報じた。

朝鮮中央通信は金委員長が同国による核と大陸間弾道ミサイル実験の一時停止を撤回すると宣言したと報じた。同通信は党中央委員会総会で金氏が「公約に我々がこれ以上一方的に縛られている根拠がなくなった」、「世界は遠からず、朝鮮民主主義人民共和国が保有することになる新しい戦略兵器を目撃することになるであろう」と述べたと伝えた。(AFP電を要約)

大量破壊兵器の脅威に限れば。中国やロシアの方が北朝鮮と比較にならない超大国だ。が、共産党独裁の中国は勿論のこと、ロシアとて民主主義国とは言い難いものの、曲がりなりにも両国は国連安全保障理事会の常任理事国、自棄になってミサイルをぶっ放すことはなかろうと我々日本人は高を括る。

金正恩はリビアのカダフィやイラクのフセインの末路を教訓にして核を手放さないと言われる。事実、米国ですら迂闊に手出しできない上に、かつて脱退したNPT(核不拡散条約)自体、安保理常任理事国以外には核保有を認めないという、よく考えれば飛んでもない体制なのだから、彼は一面で正しい。

NPT未加盟国にはインド、パキスタン、そしてイスラエルの公然の核保有国がある(あと南スーダン)。だのになぜ北朝鮮だけが制裁を受けねばならないのか、との不満も一面では理解できる。が、それは金氏が国連制裁決議を軽んじているがゆえの不満に過ぎない。それは制裁決議の次の一節に書いてある。

北朝鮮市民の需要が満たされていない中で、北朝鮮の禁止された武器販売が、核兵器及び弾道ミサイルの追求に流用される収入を生み出してきたことに対し、強い懸念を表明し、・・

国連安保理決議第2371号(2017年8月16日)

北朝鮮が、需要が大きく満たされていない北朝鮮にいる人々から決定的に必要な資源を流用して、核兵器及び弾道ミサイル開発を継続していることに強い懸念を表明し、・・

国連安保理決議第2375号(2017年9月22日)

上段は北朝鮮による17年7月3日~28日の弾道ミサイル実験を、また下段は同年9月2日の核実験を受けての安保理制裁決議だ。ここで初めて“飢餓に苦しむ北朝鮮市民に充当すべき資源を流用して”との趣旨の一文が入り、爾後の一時期に「鼻血」や「斬首」といわれる米国の軍事行動体制が布かれた。

要するに、自国民を飢えさせて大勢の餓死者を出したり、逆らう者を収容所送りにしたり、粛正したりするような独裁者のいる「ごろつき国家」(rogue country)には、核兵器のような危ない玩具は持たせられない、というのが国連加盟国、なかんずく安保常任理事国の一致した考えなのだ。

インドやパキスタンは貧しいし、イスラエルも強烈な軍事国家ではある。が、少なくとも選挙で為政者を選ぶ民主主義国家としての仕組みや軍に対するシビリアンコントロールを有しているし、逆らう者を見せしめに収容所送りや粛正するような独裁国家でもない。金正恩はここに目を閉じている。

さて、北朝鮮が死神と呼んだボルトン補佐官を首にしたトランプには軍事行動を起こす勇気がない、とする論がある。確かに米兵の血が流れるのは好まぬようだ。が、この先もしかしたらあり得る米国の軍事行動で、南北朝鮮の人々のは別として、米兵の血が幾ばくかでも流れると筆者には思われない。

トランプは損得計算でこれまで手荒な真似をしていないに過ぎないのではなかろうか。「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」と以前本欄に書いた。トランプは、金氏がその気になれば北朝鮮の前途は洋々だ、と本当に思っているのだと思う。事実、資源はあるし今以上の貧困はないから、後は上昇あるのみだ。

ボルトンに関係する誤解がもう一つ、金氏にも世界にもある。それはCVID(Complete, Verifiable and Irreversible Denuclearization:完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)或いはFFVD(Final, Fully Verified Denuclearization:最終的かつ完全に検証された非核化)が、ボルトンがいなくなったことで後退するのでは、という誤解だ。

この二つがどれほど違うのか筆者には良く判らない。が、06年10月9日の北朝鮮による核実験を受けて決議された安保理決議第1718号(06年11月6日)にすでに次のような一節が謳われていた。無論、同様の文言は先述の第2371号にも第2375号にも引き続き使われている。

北朝鮮が、すべての核兵器及び既存の核計画を、完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法で放棄すること、核兵器の不拡散に関する条約の下で締約国に課される義務及びIAEA保障措置協定に定める条件に厳格に従って行動すること、並びに、これらの要求に加え、透明性についての措置(IAEAが要求し、かつ、必要と認める個人、書類、設備及び施設へのアクセスを含む。)をIAEAに提供することを決定する。

また、北朝鮮が、その他の既存の大量破壊兵器及び弾道ミサイル計画を、完全な、検証可能な、かつ、不可逆的な方法で放棄することを決定する。(外務省サイトより)

何を言いたいかといえば、これも何度も書いたことだが、いかなトランプとはいえ、米国の上下両院の意向を無視し、加えて国連安保理の制裁決議を蔑ろにして、上記の文言を逸脱するような行動を北朝鮮に対してとることは不可能ということだ。ただし、やろうと思えばトランプにできることがある。

それは北朝鮮が決議に違反した場合に、それを理由として国連安保理に諮り、実質的に米軍が国連軍として一定の軍事行動を起こすことだ。大量破壊兵器の存在が今もって藪の中イラクに対してですら起こせた行動が、大量破壊兵器の存在を自慢げに明言する北朝鮮に対して起こせない道理がない。

金正恩の発言にも今のところトランプは「我々はシンガポールで非核化について話し合い、合意文書に署名した。その第一に記載されていたのが非核化だ。彼は約束を守る男だと思っている」と述べたと報じられる(1日のAFP)。昨年の十数回に及ぶ中距離ミサイル発射時と同様の鷹揚な対応だ。

が、金氏が核とICBMの実験を本当に再開したとなればそうはいくまい。安保理決議違反が余りに明白だからだ。金氏が大統領選をどう見ているか知らぬが、その事態の拱手傍観はトランプに不利に作用するに決まっている。日本は、金正恩が恐怖でどうかしてしまったと思っておくに越したことはない。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。