冬休み、時間が取れたので佐藤靖著「科学技術の現代史」(中公新書、2019)を読んだ。第二次世界大戦以降の米国における科学技術政策の変遷をたどったこの本には、わが国への教訓があふれている。
ソビエト連邦との冷戦が終結して軍産複合体が縮小し、民間企業の役割が拡大した。その文脈の下で、技術成果が軍事と民生に両用される「デュアルユース」が進んだと本書は説明する。2016年に僕も「軍事研究って何?」と題する記事を書き、特に情報通信分野ではデュアルユースは必然と解説した。
わが国では2017年に日本学術会議が学問の健全な発展を阻害するという恐れがあるという理由で、防衛省による「安全保障技術研究推進制度」には問題が多いと指摘した。その上で、軍事的研究に関する審査など具体的な対応を大学等に求めた。第二次世界大戦の教訓から軍事研究を拒否する姿勢を維持したこの声明には、科学技術政策変遷への理解が不足している。
科学技術の成果を市民も参加して定量的に評価しようという動きが強まっていると、本書に書かれている。これは根拠に基づく政策形成(EBPM)につながるものだ。
2015年秋の行政事業レビューで国際宇宙ステーションについて議論したことがある。文部科学省の説明は「子供たちに夢と希望を与える」に終始し、効果や効率性を検証するようにという僕ら外部評価者と対立した。ここにもEBPMが軽視されてきた姿がうかがえる。
この本は、企業間の連携で科学技術が発展する現状を示したうえで、国際標準化活動の重要性が高まってきていると指摘している。わが国でも経済産業省を中心に同じ意見が繰り返し表明されているが、民間企業の国際標準化への取り組みは依然として弱い。
歴史の視点で科学技術政策の変遷を振り返ったこの本は、政府だけでなく民間企業のマネジメント層にも一読の価値がある。歴史を知ることは、旧態依然の政策(企業の経営戦略を含む)を改める機会になるからだ。
本書には欠点がある。科学技術の発展が経済社会の変革をもたらすのは、社会がそれを受け入れた時だ。しかし、この本は科学技術の供給側に関する記述が大半で、需要サイドにあたる社会への言及が不足している。それがイノベーションに関して掘り下げが浅い原因になっている。需要側についても分析した次の書籍が出版されるように期待する。
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山田 肇 情報通信政策フォーラム(ICPF)理事長/東洋大学名誉教授