米・イラン「調停者なき紛争」の怖さ

長谷川 良

※編集部より:本稿はイランによる米軍基地へのミサイル攻撃発表前に執筆されましたが、記事内容にあるこれまでの経緯は読者の米イラン衝突を理解する上で参考になりますので、そのまま掲載します。


米軍の無人機(ドローン)が3日、イラクのバクダッドでイラン革命防衛隊「コッズ部隊」のカセム・ソレイマニ司令官を殺害したことを受け、イランは米国に報復攻撃を宣言している。米・イランの紛争は中東全域ばかりか、世界を大きな危機に陥らせている。

ソレイマニ司令官の死を追悼するイラン国民=イラン国営通信(IRNA)公式サイトから

6日夜のニュース番組によると、イランのテヘランで数十万人の国民がイランの英雄ソレイマニ司令官の葬儀に参加した。同国の最高指導者ハメネイ師も参加し、棺の前で涙で祈りを捧げている風景が放映された。ソレイマニ司令官の娘が、「米軍兵士の家族も子供たちが殺されるのを聞くだろう」と復讐を誓っているシーンが写し出された。トランプ大統領の首に8000万ドルの賞金がつけられたというニュースも流れてきた。

イラン国営メディアが6日報じたところによると、ソレイマニ司令官の後継者イスマイル・ガアニ新司令官は、「われわれの地域から米国を完全に排除する」と表明している。

トランプ米大統領がソレイマニ司令官殺害を指令したのは、イラク北部の米軍基地が昨年12月末、ロケット攻撃を受け、民間人の米国人1人が死亡したことを受けた報復攻撃だ。トランプ大統領の前には米軍司令部から様々なシナリオが提示されたが、トランプ氏は最後のシナリオ「コッズ部隊」司令官殺害を選んだという。トランプ氏はイランが米国人や米関連施設への攻撃を繰返せば、「かつてない激しい攻撃をする。イランの52カ所を破壊する」と強調している。

トランプ大統領(Gage Skidmore / flickr)、ソレイマニ司令官(Wikipedia)

米国のソレイマニ司令官殺害に対しては、欧米の主要国は米国の自衛権の行使を支持している。英国のボリス・ジョンソン首相は、「ソレイマニ氏の死のためには涙を流さない」と述べ、シリア、レバノン、イエメン、イラクなどでテロ攻撃を指令してきたソレイマニ司令官の殺害を歓迎している。

ちなみに、英外務省はイランとイラクの大使館職員数を最小限に縮小した。イラン側の攻撃を想定した予防措置と受け取られている。

トランプ政権で大統領補佐官(国家安全保障問題担当)だったジョン・ボルトン氏はツイッターで、「ソレイマニ司令官殺害、おめでとう」と歓迎し、関係者を慰労する一方、イランのイスラム政権崩壊の第一歩となることを期待している。

ロイター通信によると、北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長は6日、米国からイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官殺害に関する説明を受けた加盟国が一致して米国支持の姿勢を示したと明らかにしている。

例外はイランのシーア派の影響下にあるイラクのほか、主要国としてはロシアと中国の2国だけだ。国連のグテーレス事務総長は3日、「ソレイマニ司令官の殺害が中東全域に戦争を拡大する恐れがある」と懸念を表明したが、米国の自制を求めるだけに留めている。

グテーレス事務総長が臆病で信念のない外交官だからではない。米国とロシア・中国が対立する懸案に対して一定の距離を置いて中立を守るのが国連のこれまでのポジションだからだ。

イランのローハニ大統領と昨年12月20日に会談したばかりの安倍晋三首相は、「中東情勢の緊迫化を深く憂慮している。日本としても緊張緩和に向けた外交努力を通じて地域の平和と安定に尽くしたい」(時事通信)という。なお、安倍首相は今月中旬にはサウジアラビア、アラブ首長連邦、オマーンの中東3カ国を訪問予定だが、海上自衛隊の中東派遣計画には変更ないという。

以上、ソレイマニ司令官殺害に対する関連国の反応と言動を簡単にフォローした。米国とイランの対立は今始まったばかりではない。ホメイニ師のイラン革命後、テヘランの米国大使館人質事件などを契機に、両国関係は険悪状況が続いている(「イラン革命から『40年』の成熟度は」2019年2月13日参考)。

トランプ大統領は昨年5月8日、13年間の外交交渉で締結したイラン核合意から離脱を表明して以来、両国関係は一層、悪化した。イラン核合意では、英仏独の欧州3国はイランに核合意の遵守を訴えてきたが、成果を挙げていない。

テヘランがウラン濃縮関連活動、例えば、濃縮度20%を超えた場合、核兵器製造に大きく前進するだけに、米国は黙認しないだろうし、イスラエルがその前にイランのナタンツやフォルドウのウラン濃縮関連施設を破壊する可能性が高まる。そうなれば、中東全域で戦争が拡大する(「IAEAグロッシ時代がスタート」2019年12月3日参考)。

トランプ大統領側は次期大統領選、ウクライナ疑惑に関する弾刻裁判の行方など国内事情もその外交に大きく反映するだろう。イランの報復攻撃で米国人が犠牲になるようだと、トランプ氏は黙っていないだろう。

一方、イランはシーア派代表として米軍のソレイマニ司令官殺害を看過することはできないが、米国との直接衝突はリスクが大きい。制裁下の国民経済は国民を困窮に陥れている。米・イラン双方にそれぞれ事情があるわけだ。

ソレイマニ司令官暗殺とその報復合戦で明らかになったことは、米国が直接関与した紛争では国連も欧州も調停する能力を有していないということだ。われわれは、国際法に基づく「自衛権の行使」を主張する米国と、「報復」を宣誓するイランの動向をオロオロしながら目撃しているだけだ。もう少し現実的にいえば、世界最強国の米国に自制を求めるだけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年1月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。