貸さぬも親切の哲学

顧客本位は顧客満足ではない。顧客満足に反してでも、顧客の真の利益の視点にたって、顧客に適切な商品やサービスを提供することである。故に、しばしば、おせっかいとなる。

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信用金庫業界の発展に尽力した小原鐵五郎は、顧客本位を徹底した人であったが、その名言に「貸さぬも親切」がある。貸すことができ、貸すことが明らかに顧客満足に適うことであるにもかかわらず、顧客の真の利益のためには、貸さないほうがいい場合があるというのだ。借りる立場からいえば、貸せるのに貸さないのは無礼なおせっかいであるが、それが顧客本位なのである。

例えば、投機的な不動産取得のための資金などは、貸せば顧客満足を得られるであろうが、最終的に顧客の身を滅ぼすことにもなりかねないので、顧客本位を貫けば貸すべきではないのである。

不動産投機のような極端な場合でなくとも、企業からの融資の申し入れについては、顧客本位で深く検討するとき、遊休資産の売却や経営合理化等によって、新規融資を不要にできる可能性がある。そのときは、貸さないで、企業の経営改革を指導することこそ、銀行や信用金庫に課せられた社会的使命なのであり、顧客の真の利益に適うことなのである。しかし、何が顧客の満足かはわかりやすいが、何が顧客の真の利益かはわかりにくい。ここに顧客本位の課題がある。

融資の場合についてみると、貸せるかどうかという与信判断を行うためには、顧客企業の経営状態の分析を行わなければならないが、その分析は貸せるかどうかという一点に絞った分析である。そこで、優良な財務状況のもとでは、当然に貸せるわけだが、同時に貸す必要もなく、逆に、一時的な経営不振に陥っていれば、貸せない財務状況になっているはずだが、同時に貸す必要が大きいという矛盾を生じる。

これは、信用分析において、借りる側の視点ではなく、貸す側の視点で判断するからである。要は、少しも、顧客本位ではないのである。ところが、顧客本位に考えて、借りる側の視点で考えれば、借りられるが、借りないですむ方法として何があるか、借りられないが、借りられるようにするには、どのような経営改革が必要かという問題のたて方になる。これが真の顧客の利益を考える顧客本位の姿勢なのである。

 

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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