米イラン対立とアメリカ・ファースト:米国が中東から撤退する日

松川 るい

年明けから目まぐるしい米イラン軍事対立。ソレイマニ司令官殺害直後に書きかけたら、其の後いろいろ起き、時間をおいて書き足したのでわれながら読みづらい。でも、これを書かないと次に行けないのでとりあえず書きます。ご容赦下さい。

トランプ米大統領とローハニイラン大統領(Skidmore、官邸サイトより=編集部)

3日 米国がソレイマニ司令官殺害。イランにおける反米デモ集会勃発。
7日 イランが弾道ミサイルにより米アサド基地攻撃(米国人の犠牲者はなし)
8日 イラン革命防衛隊によりウクライナ民間航空機誤爆
11日 イラン政府が誤爆を認める。(それまで発生から3日間、責任を否定)

8日のウクライナ民間航空機誤爆とその後イラン政府が3日間否定した後に一転して誤爆を認めたことで諸外国からのイランに対する同情が減り、国内の対米批判で一致していたイラン国内世論も若干流れが変わり今や反体制運動にも一部流れている。とはいえ、しかし、いずれにせよ、中東情勢が米イランの対立を軸により危険かつ流動的になっていることは間違いない。

日本にとっては、

  1. 中国に精力を注いでもらいたい米国が中東に足を取られること自体が極めてマイナス
  2. 中東に石油を9割も依存している日本としては中東情勢の緊迫化はエネルギー安全保障の観点からもマイナス、
  3. 対イラン政策についての米欧の分断、エネルギーを中東にもはや依存しない純エネルギー輸出国の米国が中東から撤退する方向が加速する
  4. 結果的に、ロシアと中国がその空白を埋めることになるのではないかとの懸念も増している。
  5. イランが結果的に核兵器保有に進めばサウジ他の中東諸国も核保有に向かい中東の核ドミノが起きるのではないかという点も懸念される。

176名もの乗客乗員全員が犠牲になった民間機撃墜は、イラン革命防衛隊によるミサイル誤射によるものだった。イランによりイラン人が、ついでカナダ人、ウクライナ人が犠牲になった。イランと米国の軍事的対立が深まる中で、結局、エスカレーションと偶発衝突の犠牲になったのは無辜の民間人だ。しかもイランによる誤射で亡くなったのは米国人ではなく、イラン人とその他の第三国の人々だ。犠牲者の無念やご家族の気持ちを考えると余りの悲惨さと不条理に声も出ない。犠牲になられた方々に心から哀悼の意を表します。

墜落したウクライナ航空機の残骸(IRNAサイトより編集部引用)

いかなる理由にせよ、民間人が巻き込まれることは許されない。イランが非難されるべきは当然であり、全ての責任を被害者に対して取るべきである。しかし、米国がスレイマニ司令官を殺害しなければ今回の事態は起きなかったのだから、事態のエスカレーションには米国にも責任がある。

そもそもは米国がイランの核合意を廃棄したところから事は始まっている。無論、米国にも言い分はあり、イランがヒズボラなどの親イラン勢力を用いて中東における影響力を拡大し、反米活動を行っていたということだろうが、それでも、ソレイマニ司令官殺害という手法はプラスが少なくマイナスが甚大な愚策だったと思う。

トランプ大統領は、イランに対し「米国の権益を犯すことは許さない。米国を舐めるな」と警告したかったのだろう。力の空白や隙を見せればイランがそこに進出してくるから。また、トランプ大統領は、イランに対する軍事オペレーションを数十分前に撤回したり、ボルトン補佐官を解任したりとイランに対して軍事的緊張を高めることを徹底的に避けてきたので、来る大統領選挙を睨み、「弱腰と思われているのではないか」との懸念を払拭したかったのかもしれない。

その目的は達成されたが、米国の中東政策はより難しくなった。イランはより強固な反米になり、イラクも反米に。大体、ソレイマニ司令官殺害がどういう状況を招くか、それでもやる価値があるか、十分、専門家や担当者と協議した上で決定したのだろうか。疑問だ。

トランプ大統領は、もともと中東に人員や予算を割くことに反対してきた人だ。これだけ面倒な状況になったら、おそらくタイミングを見て、中東から米軍引き上げようとするに違いない(特に陸上部隊は)。米国人の犠牲者を出すことは大統領戦にも得策ではない。

トランプ大統領自身が言っているように、米国にとって中東はかつてのような重要性はない。シェールガス開発により、米国は今や純エネルギー輸出国であり、中東に石油を依存する必要性は薄れている。米国が中東に持つ権益は、せいぜいイスラエル(と多少のサウジ)に対する配慮ぐらいのものだろう。

あとは、超大国として中東という世界の重要地域に対する発言力影響力をどう考えるかということであるが、「アメリカ・ファースト」というのは形を変えた「孤立主義」であり、そのアメリカ・ファーストを標榜するトランプ大統領としては大して気にするところではないのではないか。

いずれにせよ、イランも米もこれ以上の事態のエスカレーションを避けるべきであり、日本はじめ関係各国は両国に対し自制を求めるようあらゆる努力をすべきだ。米イランの軍事衝突はそれ自体が多大な人的犠牲を伴う危険で悲惨なものとなるだけでなく中東諸国の核ドミノを招くことは必至だから。米国とイランの双方との信頼関係を持つ日本としても果たすべき役割はある。安倍総理の中東訪問にも期待したい。

トランプ政権の政策については、毀誉褒貶あれ、中国の脅威に正面から向き合うことにしたことについては高く評価している。が、対イラン政策については核合意破棄からして全く賛同できない。

端的にいえば、米国のイラン核合意破棄は、よりイランを核開発に近づけただけだ。イランは今や300キロの制限も守らず、20%の濃縮を行うと宣言している。そして、ソレイマニ司令官殺害という愚策によって、中東はイランだけでなくイラクも反米的になり、より米国や米国民に対するイランの脅威は増したと言わざるを得ない状況になった。

米国にとってすら、ソレイマニ司令官殺害により達成したかった目的と比べてマイナスの方が多いと思うが、国際社会にとっても、中東全体の不安定化や核ドミノにつながりかねないリスクが生じたという意味でマイナスが多い。そして、本来、中国に割くべき米国のエネルギーが中東に取られてしまうことも米国にとっても日本にとっても恐らく世界にとっても多大なマイナスである。

この世界は完全ではない

2015年にイランと英米仏独中ロとの間で結ばれた、いわゆる「イラン核合意」は、イランが濃縮度3.67%超のウランを少なくとも15年間製造せず、貯蔵量も300キロ以下とするなど核関連活動を制限する引き換えに欧米が経済制裁を解除することを決めたものだ。

2015年のイラン核合意発表時の各国外相ら(米国防省サイトより:編集部)

核兵器製造に用いるためには90%の濃縮が必要であり、イランが核合意を遵守している限り核兵器製造はできない。イランはIAEAの査察も受け入れながら核合意は遵守してきた(少なくとも違反したとIAEAによって認められたといった事実はない)。

しかし、トランプ政権は、「この合意はイランの核武装の道を完全にふさぐものではなく、核兵器製造の時間稼ぎをするだけのbad  dealだ」と批判し、予告通り離脱し、制裁を再開した。

完全な世界はないのだから、時間稼ぎでも数十年に及ぶのなら一定の評価はすべきではなかったか。だいたい、イランが一体どれほどの米国の脅威だというのだろう。

英独仏が核兵器への復帰を求めている。米国もイランも今更核合意に戻ることはできないかもしれない。しかし、名前や体裁は適当に変えても良いが、「核合意」的なもの以外に着地点はないように思う。でも、米国は再交渉も面倒になったらただ単に中東から手を引くだけかもしれない。

イランは制裁により経済が疲弊しているところにきて、ウクライナ機誤爆とその隠蔽により国内体制が揺らいでいる。そのイランが対外的により強硬な方針に出て国内の不満を反らそうとするのか、または、対外的負担を避けて国際社会との融和の道を選ぶのかはわからない。米国はイランの体制崩壊実現まで達成したいと思っているのか。そこまでの関心はトランプ政権にはないように思う。

それに、イランは意外と民主的な国だ。イランの体制はイラン国民の大半がどう思うかにかかっているのであり、外からいくらプレッシャーをかけてもそう変わるものではない(きっかけになることはあっても)。トランプ大統領自身は、中東なんてそもそも大して関心がないのではないか。中長期的にいえば、超面倒な状況を自ら作り出したことにより、米国は中東からどんどん手を引いていくことになると思う。日本もいい加減中東依存度を減らすことに真剣になるべきだ。

これから世界は益々流動化していく。自己の生存のためには、不安定な地域や国への依存度はできるだけ減らし、リスク分散をしてくことが重要である。それは中東のみならず朝鮮半島しかり、中国しかりである。そして、日本にとって相対的に信頼できる国地域との連携を主にしたエコシステムを作ることである。

松川 るい   参議院議員(自由民主党  大阪選挙区)
1971年生まれ。東京大学法学部卒業後、外務省入省。条約局法規課、アジア大洋州局地域政策課、軍縮代表部(スイス)一等書記官、国際情報統括官(インテリジェンス部門)組織首席事務官、日中韓協力事務局事務局次長(大韓民国)、総合外交政策局女性参画推進室長を歴任。2016年に外務省を退職し、同年の参議院議員選挙で初当選。公式サイトツイッター「@Matsukawa_Rui


編集部より:このブログは参議院議員、松川るい氏(自由民主党、大阪選挙区)の公式ブログ 2020年1月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、「松川るいが行く!」をご覧ください。