日本経済新聞の名物コーナー「私の履歴書」。今月書いているのは、日本証券業協会会長であり、大和証券の社長・会長を務めた鈴木茂晴氏です。
とても素直で正直な方らしく、若い頃の「武勇伝」を赤裸々に明かしています。
顧客に極秘の情報といってインサイダー情報を流す、絶対に確実ですと銘柄推奨する、反社会的勢力に金融債を販売する、禁止されたバイク通勤で壊れたバイクを不法投棄する・・・と、何ともやりたい放題です。
その間、新設店舗でヨットとテニスとゴルフに興じ、営業店で抜群の成績を上げて、秘書に抜擢され、海外留学でアメリカのビジネススクールへ・・・。夢のようなサラリーマン生活です。
鈴木氏と同じ経営者が書いた私の履歴書と言えば、思い出すのは、2015年に連載されたニトリ会長の似鳥昭雄氏です。以前のブログでも内容を紹介しましたが、こちらもかなり壮絶です。
「父親から毎月1回ぐらい、気絶するまでなぐられた。「熱があっても手伝いは休めない。逆に「気が抜けている」とひどく怒られる。だから頭はいつもコブだらけだった。」
「薄い防寒着にゴム1枚の粗悪な長靴を履いているだけ。とにかく寒く、凍え死んでしまいそうだ。手伝いなのに生死の境に直面することが何度もあった。」
「ヤミ米の配達には毎日かり出される。冬のある日、配達先で震えていると、玄関を後にした直後、母からなぐられた。」
「楽しみは寝ることだけ。そのときだけは苦しみから逃れられるからだ。」
「登校時は学校へ着くまで長い竹ざおでつつかれまくる。いじめられてもいつもニタニタしているので「ニタリくん」と呼ばれていた。」
「通信簿も5段階の1か2ばかり。母には「1が1番良くて、5が最低」とウソをついていた。それがなぜか長い間ばれなかった。何も知らない母は井戸端会議で「うちの子は1とか2ばっかりで優秀なんだ」と自慢をしていた。」
「試験科目は英語と経済学。そこでカンニングを思いついた。」
「なんとしてでも2年間で卒業しないといけない。そこで教授を褒めたり、ワインを届けたり、できないなりにあらゆる努力を尽くし、単位取得に動いた。」
「契約も取れないまま。ノルマが達成できない他の新入社員は相次ぎ辞めさせられた。私も解雇の対象だが、一つだけ生き残る道を見いだした。花札だ。」
似鳥氏も、ヤミ米にカンニング、教授への付け届け、上司とギャンブルと鈴木氏と同じように経営者としてコンプライアンス(法令順守)の視点からはあり得ない過去を赤裸々に語っています。
しかし、鈴木氏の武勇伝は残念ながら、面白くありません。それに対して、似鳥氏の体験は同じような話であっても、心に響きます。
何が違うのでしょうか?
それは「リスクをどこまで取っているか」の差ではないかと思いました。後の無い極限状態から、サバイバルしてきた創業者と、大手企業という「安全地帯」の中でやりたいようにやってきたサラリーマンでは、スケールが違います。
サラリーマンとは、セーフティネットがあって失敗しても許されるサーカス団のようなもの。観客はハラハラしません。一方の創業経営者は、失敗したら命を失いかねない極限状態に挑むスタントマンのような存在です。そのギリギリまでのリスクテイクが、人の気持ちを揺さぶります。
一部上場企業のサラリーマン社長と官僚の話はつまらない。今回もそんな「私の履歴書の法則」が当てはまってしまったようです。
残り10日ほどの連載が残っていますが、このまま武勇伝と自慢話で終わらないことを期待したいです。
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編集部より:このブログは「内藤忍の公式ブログ」2020年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は内藤忍の公式ブログをご覧ください。