「議員が陪審員」は利益相反
トランプ米大統領の弾劾裁判が始まります。世界の主要リスクのトップは「誰が米大統領なるか」(政治リスクの米調査会社)です。「外交の私物化の表れ」「米国内の深まる分断」「同盟関係の黙殺」を加速するトランプ氏は、常識的に考えれば、大統領にふさわしくありません。
こうした常識がもう通用しない。トランプ氏の弾劾はまずない状況です。良識や正義は劣位の扱いを受け、政治的な思惑や駆け引きが優位に立って物事が決まっていく。上院は共和党が過半数の53議席(民主党は47議席)で、3分の2以上の賛成が成立条件なので、無罪は動きそうにない。
トランプ氏が弾劾に追い込まれる状況になると、秋の選挙で共和党は落選者が増え、民主党は当選者が増え、上院の過半数を握りましょう。それを恐れ、共和党は結束を固め、大統領の弾劾反対する。全上院議員が陪審員となる裁判ですから、何が正義かではなく、政治的思惑で結果が決まる。
利害関係者が裁判員になる愚
私が妙だと思うのは、選挙の利害関係者にあたる上院議員が陪審員となり、判決を下すことです。通常の裁判では、一般市民から陪審員が選ばれ、事件の利害関係者が陪審員なることはありません。利害関係者が陪審員になったら、自分らに不利になる判決は下さないからです。
こうした構図は利益相反になりかねない。そうした議論がなぜ、起きないのか。つまり「他人の利益を図るべき立ち場にある人が自己の利益を図る行為」を行う利益相反にあたると考えます。議員という公職にある人が、自分たちの当選という自己の利益を優先させることになるからです。
今の共和党は「トランプ党」といわれるように、党派色は極めて強い。クリントン氏の弾劾裁判(ホワイトハウスの実習生徒との性的関係)、ニクソン氏のウォーターゲート事件でも、議会は党派で投票は左右されました。その党派性は現在のほうが格段に強まっています。
政治的部族主義が社会を分断
「政治的部族主義」という言葉が登場しています。社会が政治的に分断され、あたかも部族のような社会の単位が生まれ、融和することはないとの主張です。強固な「トランプ部族」が共和党議員であり、その上院の構成員が陪審員となり、「酋長」の法的責任を裁く。民主党議員も陪審員になっているにしても、数が足りません。
「大統領が有罪か、無罪か」を、議員が陪審員になる弾劾裁判で扱うのは、「法の支配」という法体系の基本原理に反するのではないでしょうか。「法の支配」とは、「国民は適正、公平、合理的な法によってのみ支配される」という概念です。
そのことを日本のメディアはまず、触れません。議会の駆け引き、裁判の行方の記事ばかりで、弾劾裁判の問題点を指摘しようとしていない。日本のメディアは、現地(米国)のメディアの論調を下敷きしていますから、米国でも、そうした問題意識はあまりないのでしょうか。
「大統領、副大統領、すべての文官は反逆罪、収賄罪、その他で弾劾され、有罪の判決を受けたら職を免じられる」と、合衆国憲法第2条にあるので「法の支配」は守っているという解釈でしょうか。実際に行われることは、「利害関係者が陪審員」というゆがんだ裁判が大統領弾劾だと思います。
米国憲法に弾劾制度が導入された当時は、大統領の権限が強すぎ、それを拘束するために、議会が裁判を経て罷免ができるようにしようと考えたのでしょう。今は、優位に立つ与党が大統領を守れるかどうに焦点が移ってしまっていますね。
米連邦法によると、「外国勢力に選挙応援を求めてはならない」とあります。ウクライナ疑惑とは「トランプ氏が20年の大統領選挙で優位に立つために、バイデン大統領候補(民主)の息子による不正行為があったかどうか調査してほしい」と、トランプ氏が相手国の大統領に依頼したか否かの問題です。疑惑が事実なら、有罪でしょうか。
この疑惑をめぐり、下院が弾劾訴追決議では、「権力の乱用」(個人的な政治的利益のために、外国政圧力)」と「議事妨害」」(証人に対する圧力、関連書類の提出拒否)をにあたり、法の支配に反する行為、憲法に対する脅威となると、批判しています。
日本でも、衆院で内閣不信任決議が可決されると、解散か内閣総辞職に追い込まれますから、米国の弾劾裁判と似ている部分もあります。違うのは、米国の弾劾は有罪か無罪かの法的な責任を問う裁判であるという点です。日本の場合は、政治・行政責任を問うであり、裁判ではありません。
なお、下院が弾劾訴追決議では、問題点をもっと広げ、権力の乱用(個人的な政治的利益のために、外国政圧力)」と「議事妨害(証人に対する圧力、関連書類の提出拒否)を挙げ、法の支配に反する行為、憲法に対する脅威となると、批判しています。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2020年1月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。