クリステンセン教授の訃報に思う“日本のジレンマ”

彼のことを大学の講義で学生たちに紹介していた、まさにその日のことでした。ハーバード大学経営大学院のクレイトン・クリステンセン教授の訃報に接しました。名著『イノベーションのジレンマ』は、日本でも広く読まれた偉大なる経営学者です。まだ67歳。白血病で闘病中でした。

クリステンセン教授(NTNU Nyskaping/flickr)

同書をまだ読んでない学生にはまさに必読だとずっと薦めてきました。企業の栄枯盛衰がなぜ起こるのか、その本質を見抜いた慧眼は、イノベーションのメカニズムを解剖し、見事に理論化しました。グローバル化やデジタル化でこれからも経済動向が千変万化していくでしょうが、クリステンセン教授の打ち立てた理論は不朽のものといえます。

クリステンセン教授の理論では、イノベーションには「持続的」と「破壊的」の2種類が存在します。文字通り、前者は、既存の製品やサービスを前提に技術的な改良を加えていくもので、後者は既存の概念を覆す全く新しいもので市場を塗り替えていくことです。有名な事例としてはカメラを取り巻く一大変化でしょう。

かつて写真フィルム事業の世界的企業だった米コダック社は、19世紀後半から20世紀にかけ、写真や映画の大衆化に貢献しました。しかしデジタル化の進展で、スマートフォン登場などの「破壊的イノベーション」が起きると市場を食われ続けてしまい、ついに2012年に倒産します。

しかし、実は同社は世界で初めてデジタルカメラを開発していました。それも1975年のことでしたから、iPhone登場より30年以上も前のこと。既存のフィルム事業の存在が同社には大きすぎてデジタル化に舵を切れなかったのです。まさにイノベーションのジレンマでした。

コダックの栄枯盛衰の本質は戦後日本にもまさに当てはまります。生前のクリステンセン教授も、「1950年代から70年代初頭は市場開拓型イノベーションか破壊的イノベーションだった」とトヨタやソニーなどの事例を挙げつつ、「90年代以降は持続的イノベーションと効率向上型イノベーションに集中し、非常に堅調だった日本経済の原動力が失われた」と指摘されています(参照:Forbes Japan)。

日本は成熟化・高齢化を背景に既存のシステムを一度壊す勇気を完全に捨て去ってしまったのでしょうか。

私の学生たちの意欲あふれる姿を見ていると、決してそんなことはないと信じています。2020年代の逆襲へ、きょうも学生たちを鼓舞していきたいと思います。


編集部より:このエントリーは、TOKYO HEADLINE WEB版 2020年2月10日掲載の鈴木寛氏のコラムに、鈴木氏がアゴラ用に加筆したものを掲載しました。TOKYO HEADLINE編集部、鈴木氏に感謝いたします。