先週、日本製鉄が呉製鉄所を全面的に閉鎖し、和歌山製鉄所も2基ある高炉のうち1基を休止すると発表した。このうち特に呉は、戦艦大和を建造した海軍工廠の跡地に建つ歴史ある製鉄所で、地元経済界だけでなく昔を知る人々に衝撃を与えている。
かくいう私自身も、1980年代の前半に大蔵省から日本輸出入銀行(現在の国際協力銀行)に出向して、製鉄原料の鉄鉱石や原料炭の開発輸入融資を担当しており、胸が痛む思いがする。1980年の世界の粗鋼生産高は、1位のソビエト連邦の約1億5千万トンに続き、2位日本が約1億1千万トン、3位アメリカが約1億トンだった。
それが2019年には中国が世界の粗鋼生産量約18億7千万トンの半分以上となる約10億トンを生産してダントツの1位に収まり、2位のインド(1億1千万トン)、3位の日本(約1億トン)、4位アメリカ(約9千万トン、いずれもWorld Steel Associationの統計)が束になってかかっても到底相手にならない。
日本の製鉄会社は、高度経済成長が終わった後、いわゆる鉄冷えと呼ばれる需要の減退が延々と続く中で、過剰な生産設備を廃棄し、企業の合併を行い、コストダウンの努力をしてきた。
その一方で中国は、70年代の後半から日本の技術支援を受けて製鉄業の近代化を始め、改革開放政策の中で、とりわけ2000年以降急速にその生産能力を拡大した。2000年から2006年の間に生産高は3倍以上に急拡大し、世界の粗鋼生産量の3分の1を占めるようになったが、その後もどんどん生産能力を高めて今日に至っている。
この背景には中国経済の高度成長に伴う鉄鋼製品への国内需要の増加があるが、それだけではなく政府は「鉄鋼大国」をスローガンに掲げ、土地の無償提供、国営銀行からの超低利融資、手厚い補助金、税制上の優遇措置など、様々な形で支援して、中国の製鉄を世界一の製鉄にしたのだ。
こうして作られたコストの安い鉄は、国内だけではさばききれず、海外にも積極的に販売され、世界の鉄鋼製品の価格破壊を引き起こした。これに拍車をかけたのが2001年の中国のWTO加盟で、海外市場の関税率が低くなったことで、それまで以上に有利に海外で販売ができるようになった。
しかし中国は、WTO加盟時に製鉄業に対する補助金の実態を2年ごとに報告する約束をしたが、なかなかその報告がなく、WTO加盟から5年が経過した2006年になって中央政府の補助金だけの報告があり、地方政府については2016年なってようやく報告がされたが、補助金の全体像はまだ十分に明らかになっていない。この間に中国の製鉄産業はモンスター化した。
こうした中国の輸出攻勢に対して、欧米諸国だけでなく日本、インドネシア、マレーシアなどもWTOのルールに則って一部鉄鋼製品に反ダンピング税をかけて対抗しているが、中国の勢いが止まる気配はない。
また、中国を始めとする世界的な鉄鋼製品の供給過剰問題を議論する場として、製鉄産業を持つ主要33か国が2016年に鉄鋼過剰能力グローバルフォーラムを作ったが、昨年3年間の設置期限を迎えると、中国がこのフォーラムの延長に強く反対したため解散してしまった。
今後米中貿易摩擦や新型コロナウィルスにより中国の景気減速が予想される中で、中国政府は景気を刺激するために鉄鋼を増産し、国内のインフラ投資等で使い切れない分は海外市場に安値で輸出攻勢をかけてくると思われる。そしてさらに、一帯一路政策の下に、中国製品を使うことを条件にした紐付き融資をアフリカやアジアでどんどん使って来るだろう。
この厳しい状況の中で、日本の製鉄会社はこれからもまだまだリストラを強いられると思うが、事態は日本企業の力の及ぶ外で動いていると言わざるを得ない。
こうした中で、トランプ大統領が中国に対して大幅な関税をかけたり、WTOを信頼しない姿勢を見せるのは、理解できる。
トランプ大統領は、自由貿易体制の美名の下で中国にいいようにされているとして、WTOからの脱退をほのめかす一方、昨年12月にはWTOの紛争解決機関の最上級審である上級委員会の欠員の補充に反対してWTOの紛争処理機能をマヒさせている。
中国はトランプ大統領のこのような姿勢に対して、自由貿易体制を守ることは重要で、トランプ大統領の保護主義は遺憾だと非難し、EUや日本でも同様の意見が各方面から表明されている。しかし、実効性の不十分なWTOルールはかえって世界に害悪をもたらし、真の自由貿易体制を壊すのではないだろうか。
呉製鉄所の閉鎖をきっかけに、私はトランプ大統領を見直したくなった。