新型肺炎「不可視で正体不明の敵」

長谷川 良

中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスは11日現在、1100人以上が亡くなり、4万人以上の感染者が出ている。過去の重症急性呼吸器症候群(SARS)より、死者数、患者数で既に上回っている。オックスフォード大学元熱帯医学教授、現在はイギリスに本拠地を持つ医学研究支援等を目的とする公益信託団体「ウェルカム・トラスト」のジェレミー・ファーラー所長は独週刊誌シュピーゲルとのインタビューの中で、「新型肺炎に不必要に怯え、不安に陥るべきではない」と指摘し、冷静に対応するように呼び掛けている。

「COVID-19」の正体(世界保健機関(WHO)公式サイトから)

米国では毎年、1万2000人以上がインフルエンザで死亡していることから比較すれば、「新型肺炎はインフルエンザより問題がない。大騒ぎすることはない」といった声を聞くが、ファ―ラー氏は、「インフレエンザは冬の季節を中心に拡大するが、新型肺炎の場合、ひょっとしたら季節に関係なく、1年中感染する肺炎かもしれない」と主張し、警戒は解いてはいない。実際、新型コロナウイルスの感染力はSARSより数段強く、第2次、第3次の感染のケースが既に報告されている。

ウイルスは電子顕微鏡でしか目に見えない存在であり、その発生源が不明の時、多くの人は不安を持つ。われわれを苦しめる敵の正体が不明の場合、不安と恐れを感じるのは人間に備わった本能的な反応だろう。

人類はこれまで様々な不可視的な存在と戦ってきた。その際、人が取る最初の対応は、その敵に名前を付けることだ。アダムが最初にした仕事は万物、森羅万象に名前を付けることだった。21世紀の人類も同じように、不安と恐れを与える正体不明の存在に名前を付け、戦いに臨む(人類は不可視な存在に対する戦いでは一定の公式を開発してきた)。

ジュネーブで開催された世界保健機関(WHO)の専門家会合は11日、武漢で発生した新型コロナウイルスに対して「COVID-19」という名称を正式に付けた。その上で、WHOのテドロス事務局長は、「新型肺炎は政治、経済、社会全域でテロより深刻な影響を与える人類最大の敵だ」と強調した。戦場に向かう武将の雄たけびだ。

新型コロナウイルスに正式の名前が付けられ、WHOが新型肺炎に戦争宣言を表明したことから、次は敵の正体、プロフィールを掌握しなければならない。そして敵を攻撃する武器を用意することだ。素手では勝てない。WHOの次のステップは、ワクチン、治療薬の開発に乗り出すことだ。

ファ―ラー氏はワクチンができる時期については楽観的ではない。「今年末までに完成すれば早いほうだ」という。すなわち、人体に実験をし、その効果と共に安全性が証明されるまでかなりの時間がかかるわけだ。最悪の場合、「ワクチンが完成できないこともある」と考えている。

感染病専門家たちがいま、最も恐れているシナリオは医療体制が完備していない開発途上国に「COVID-19」が拡大する時だ。「人類最大の敵」は人類社会の弱点を熟知しているから、そこに攻撃を試みるだろう。その時、人類は結束し、連帯して戦いに臨まなければならない。

21世紀の人類はグロバリゼーション、社会の多様性という言葉に魅惑されてきたが、「人類最大の敵」との戦いに勝利するためには、移動の制限、情報の全容開示の一部制限などの対応を強いられるかもしれない。欧米社会は中国共産党政権が強権を発揮するようなトップダウン体制ではないから、人の移動制限などが実地された場合、不満が飛び出すことが十分予想できる。しかし、「人類最大の敵」に勝利するためには自由の制限というタブーを実行に移さなければならなくなる事態が考えられる。

人類は常に不可視な存在と戦ってきた。物理学・化学、工学、生物学、医学などの分野が急速に発展することで、不可視な存在の正体が次々と暴露されてきた。それによって、人類は不必要な不安と恐れを克服してきた。感染病治療でもそうだ。新しい感染病が次々と登場して、人類に戦いを臨んでくる。その度に応戦してきた。

電子顕微鏡が開発されることで、ウイルスのように不可視な世界に潜伏している存在を可視的に掴むことが出来るようになった。目に見えない世界を可視的にとらえ、測量する努力を繰返すことで、人類は発展してきた。「COVID-19」との戦いで人類はこれまで以上の犠牲を払うかもしれないが必ず勝利すると確信している。

21世紀に入り、人類は地球温暖化、そして新型コロナウイルスの発生といった大きな課題に直面している。それらを克服できれば、人類はこれまでと違った次元の世界に入るかもしれない。文学的に表現すれば、人類は歴史上はじめて、「地球愛」を獲得できるかもしれない、と予感する。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年2月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。